Tamakazura: A Lovely Garland 第22帖「玉鬘」―栄華の陰に潜む歪みと、美の極致としての和歌と装束
前回の記事に続き、僕とヒナさんによる源氏物語英語訳読書会での議論を紹介していきます。
(前回のIntroductionはこちら)
僕と、ヒナさんが読んでいるのはこちら。デニス・ウォッシュバーンによる英語訳
The Tale of Genji (https://amzn.asia/d/0cTxtWFR)
2025年3月に実施された第1回では、第22帖「玉鬘」から、第25帖「蛍」までが議論されましたが、今回は、第22帖「玉鬘」に関する議論を紹介します。
メンバー紹介
まず改めて、簡単に、読書会メンバーの紹介を。
- ヒデ(僕):男性。英語とフランス語の読書が大好き。海外経験なし。仕事で英語とフランス語を使うことはあまりない。ただただ英語とフランス語が好き。源氏物語を「権力と欲望」という視点から読み解く。イケメン、モテる男を敵視しており、源氏に対する嫌悪感が読解の根底にあって、源氏に対する敵意に満ちた偏った解釈をしがち。
- ヒナ:女性。源氏物語好き。圧倒的英語力。海外留学を経て社会の第一線で活躍中。源氏物語を「孤独と儚さ」という視点から読み解く。和歌や色彩、音楽、表現技法など、美的・文学的観点から作品を読み込む。繊細で構造的な分析が魅力。「あさきゆめみし」や与謝野晶子・瀬戸内寂聴日本語訳がベースにあり、源氏に好意的。イケメンなら何をやっても許されるという価値観が根底にあり、ヒデほどではないがやや偏った解釈をすることもある。ヒデを日頃「極論主義者」と呼んでいる。
このように、対照的な二人の視点を交差させることで、源氏物語が、一層立体的に浮かび上がります。
玉鬘帖のあらすじ
玉鬘は夕顔の遺児であり、その実父は頭中将である。夕顔亡き後(第4帖「夕顔」参照)、九州で暮らしていたが、20歳近くなり、美しく成長。その美貌により求婚者も多いところ、都へ戻る。かつて夕顔に使え、現在は源氏に仕えている右近の手引きにより、源氏が自分の娘として玉鬘を引き取る。
源氏は玉鬘を「娘」として扱いながらも、夕顔の面影がかさなるその美貌に惹かれ、複雑で危うい感情を抱き始める。
玉鬘帖以後、玉鬘の将来を巡って多くの求婚者が現れ、玉鬘は源氏を中心とした権力と婚姻戦略の渦中へと巻き込まれていく。玉鬘の実父は頭中将であるにもかかわらず、源氏が玉鬘の父であると称することによりその状況が複雑さを増していく。
ヒデの視点:性欲の歪み
ヒデ:玉鬘帖において、栄華を極めた源氏の性欲が、いよいよ常軌を逸し始める。
玉鬘に興味を抱く源氏の右近との会話。しかもこれは、源氏の正妻紫の上の面前での会話である。
“Is she as attractive as those evening faces of old?”
“I had always assumed she could never match those flowers, but, to my eyes, she has grown up to be far more beautiful.”
“How intriguing. Who would you compare her to … my lady here?”
“Gracious no, my lord, how could she compare?”
“Still, you seem elated all the same. In any case, if she’s as good-looking as I am, she’ll have no reason to worry.” He was speaking as if he were the young lady’s real father.
源氏は、まるで実父のように振る舞いながら、
その実、彼の関心は玉鬘の美貌にあることが明らかで、しかも、玉鬘をかつて愛した夕顔に重ねている。
さらに、源氏は、紫の上がいない、右近と二人きりの場でさらに露骨な会話をする。
After hearing this news from Ukon, Genji summoned her again in order to speak with her one-on-one.
“Given the situation, I have decided to move the young lady here. I remember all of those for having lost track of her, and so I was overjoyed to learn of her whereabouts. However, after seeing how precarious her life has been up to this point, I feel that I must now be of some use and support her, since I could not do so earlier. But do not mention this to her father, the Palace Minister. He has so many children that his household is always bustling and noisy, and if she were to move there, she would very likely be overlooked and treated indifferently, as someone with no status. I, on the other hand, am alone, with few children, and I shall simply explain to everyone that I discovered a long-lost daughter from some unexpected quarter. I shall show her such special consideration that she’ll have all the elegant young bachelors falling over each other trying to win her hand.”
源氏は、玉鬘の実父頭中将の下ではなく、自分の下でこそ適切に保護できるなどと主張する。しかし、そんなわけない。頭中将は源氏に次ぐ権力者であり、藤原家の頭領である。雲居雁という立派な娘もいる。実父頭中将の下で十分幸せになれるはずである。
あまりにも不合理な言い訳で、かえって源氏の下心が明白になる。
玉鬘を引き取ろうとする源氏に対して、紫の上は非常にもっともな反応をする。
“What a strange father you are … more of a pander, really. The first thing you think of is how to tempt men to pursue her. It’s outrageous and shameful,” Murasaki scolded him.
ヒデ:紫の上の源氏に対する「pander」は極めて強烈な批判。これをあえて日本語にすると、「売春あっせん人」とでも言おうか。しかし、紫の上による批判は、僕もまさにそのとおりだと思う。
玉鬘を自らのもとに引き取ろうという源氏に、歪んだ性欲に基づく動機があったことは明らか。しかもその性欲は、かつて愛した夕顔を玉鬘に重ねようというもので、あまりにも悪辣。
ヒナさん、この点に何か反論はあるか?
ヒナ:まあ、そういう側面があったことは否定できないでしょう。
ヒナの視点①:和歌による「試し」と応答
ヒナ:ヒデの視点もわからないではないが、一方、「玉鬘」帖は情緒豊かな美しい帖といえます。源氏の文化人としての高い素養に着目するべきです。
和歌による描写。源氏は玉鬘を残念な田舎娘か和歌を通して試し、結果、源氏は玉鬘の応答に満足します。
源氏から玉鬘への贈答歌:
知らずとも尋ねて知らむ三島江に 生ふる三稜(みくり)の筋は絶えじを
You may not understand, but ask and you will find
That our connection is long and everlasting
Like stems of mikuri reed at Mishima-e
- 筋:血筋、葉の筋
- 和歌的には、三島江は葦、三稜は筑摩江?
- ”三島江と葦の恋の歌”のパターンを踏襲
玉鬘から源氏への返歌:
数ならぬみくりや何の筋なれば 憂きにしもかく根をとどめけむ
If there is a connection that binds me to you
Why did I, like humble stems of mikuri reed
Take root in the inlet of this world of sorrow
- みくり:身、三稜
- 筋:筋合い
- うき:浮き、泥
- (女性が男性に返歌をする時の常套手段として、)源氏の和歌をはぐらかすような返歌をした?
- 訳では筋をconnectionとしているが、玉鬘は筋にconnectionの意味をこめたのか?
“Genji was relieved to see that it was not at all disappointing”, when he got this poem.
Based on the above poems, Genji later composed another poem:
恋ひわたる身はそれなれど玉かづら いかなる筋を尋ね来つらむ
What connection binds us, like binding
A lovely garland, bringing you to one
Fated always to yearn for a lost love
- 参考歌「いづくとて尋ね来つらむ玉かづら 我は昔の我ならなくに」を元にして、「我は昔の我ならなくに」と対比して「恋ひわたる身はそれなれど/ Fated always to yearn for a lost love」が強調されている
- 縁語:玉かづら、筋
- 玉かづら:つる性の植物(葛)、髪飾り(鬘)、かつら(髪)。「絶ゆ」「延(は)ふ」「実(ならぬ樹)」「花(のみ咲き)」の枕詞
- 夕顔の娘を表す言葉が「みくり」から「玉かづら」に。(参考歌の「玉かづら」は老懸(おいかけ、武官の冠の飾り)。)
- 「夕顔ーみくりー玉かづら」とつる性植物で連想。最後に髪飾りの意味も織り交ぜて高貴な印象に?
ヒナ:この返答は巧妙です。正面から応じず、やや距離をとりながらも、関係性を否定しきらないところが素晴らしいと思いませんか。
源氏は玉鬘によるこの返歌に“not at all disappointing”と安心しています。つまり源氏は、
玉鬘を“教養ある対象”として認識し始めたのです。決して性的な対象とだけとらえているのではないのです。
ヒデ:さすが、見事な読解です。グーの音も出ません。また、筋、connectionに関するご指摘はヒナさんだからこそできるご指摘ですね。
ヒナの視点②:衣配りと色彩の文学
ヒナ:玉鬘帖のもう一つの見どころは「衣配り」です。
これは、単なるファッション描写ではありません。色彩と文様だけで人物像を描き分ける、極めて高度な表現です。衣服に対する紫式部の意見を見ていきましょう。
紫の上 ”you should keep in mind the looks of the person who is going to receive the gift. If the robe doesn’t suit the wearer, it can be rather unsightly”
- 紫の上
a superb formal spring robe in an up-to-date color scheme – purple with vividly woven patterns in crimson on the outside, crimson with designs in purple for the lining.
紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿、今様色のいとすぐれたるとは、かの御料
濃い紫、輝くような赤+梅の紋様。最も高貴、華やか、現代的。紫の上の圧倒的優位さが伺われる。
- 明石の姫君
a long robe in the cherry blossom style – white lined with a deep reddish-purple – to which he added an under robe of soft, glossy silk.
桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては、姫君の御料なり
濃い赤+透け感のある白で透かしてみると桜色。若々しい色彩で可愛らしい。(女三の宮が柏木に垣間見られる時も桜の細長)
- 花散里:
a summer robe in light blue woven with figures from the seashore – waves, shells, seaplants – clean and lovely without being too showy. To this, he added a dark red under robe of gauzy silk.
浅縹の海賦の織物、織りざまなまめきたれど、匂ひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方に
水色、濃い赤+海の紋様。優美で落ち着いた色彩。
- 玉鬘:
a cloak of pure red to which he added a long rove of fallen-leaf tan lined with yellow. (Murasaki guessed “strikingly good-looking, but somewhat lacking in refinement”)
曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対にたてまつれたまふ (紫の上「はなやかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬ」と、げに推し量らる)
真っ赤、赤みのある黄色。華やかでエネルギーを感じるが、確かに優美さには欠ける。
- 末摘花
a robe in the willow pattern – a weave of white and greenish-yellow silks with a pattern of Chinese grasses in wild profusion – a suggestive motif, given her stiff, formal tastes. The robe was fresh and elegant, not at all a match to the lady’s features. Genji could not help smiling
柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほ笑まれたまふ。
- 明石の上
a white formal robe that had a vaguely Chinese air about it, with its woven pattern of butterflies and birds fluttering amongst branches of plum, to which he added a dark red under robe made of glossy silk. (Murasaki “looked on in outrage”, and imagined “how elegant and refined the Akashi lady would look in them”)
梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方に(紫の上「思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ」)
濃い紫、白+梅、蝶、鳥。紫がかなり高貴(紫が使われているのは明石と紫の上のみ)。白と合わせると気高さがでている。一見白で派手さはないが、ゴージャスな紋様を合わせることで、ぱっと見ではない、秘められた気品を感じる。
- 空蝉
a tasteful robe in a muted blue-gray weave to which he added two under robes from his own wardrobe – one of yellow and another in a shade of light purple that people of her rank were permitted to wear.
青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へたまひて
この中で、紫の上がコメントしているのが玉鬘と明石の上です。紫の上が誰を意識しているのか暗示しているといえるでしょう。
ヒナ:玉鬘帖は文化的に洗練された帖だと思いませんか?ヒデも下世話な点ばかりに着目せず、
吉岡幸雄著「源氏物語の色辞典」
でも読んで、色彩豊かに読解を進めてはいかがですか?
ヒデ:色に関するご指摘お見事です。再びグーの音も出ません。僕にはそういった文化的な面に注目する力が決定的にかけていると思うので、早速購入して読みます(第1回読書会終了後即座にAMAZONで購入しました)。
まとめ 二つの視点が交差する瞬間
第22帖「玉鬘」帖の議論で印象的だったのは、
僕とヒナさんの視点が互いを補完し合っていたということです。
- 僕(ヒデ):男の欲望という構造
- ヒナさん:和歌と色彩という美の構造
僕が「源氏の性的歪み」に目を奪われる一方で、
ヒナさんはその同じ帖における「美の精緻さ」を掬い上げていました。
僕はヒナさんとの議論を通じて気が付きました。
芸術的観点からの読解が足りなかった
この気づきこそ、読書会の醍醐味でしょう。
玉鬘帖は、単なる再会の物語ではない。
それは、権力が女性をどう扱うかという冷酷な構図と、
その中でなお輝く言葉と色彩の美が交錯する場面である。
次回は、玉鬘に対する源氏の歪みがさらに増幅される第23帖「初音」に関する議論を紹介します。


コメント