第24帖「胡蝶」源氏物語英語訳読書会(第1回の3)

ウォッシュバーン源氏物語

Chapter 24 Kochō: Butterflies―あらわになる欲望

英語の読書と源氏物語が大好き、ヒデです。

前回の第23帖「初音」に関する議論に引き続き、僕とヒナさんによる源氏物語英語訳読書会第1回(2025年3月実施)より、第24帖「胡蝶」に関する議論を紹介していきます。

(第23帖「初音」に関する議論はこちら)

僕と、ヒナさんが読んでいるのはこちら。デニス・ウォッシュバーンによる英語訳

The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn (https://amzn.asia/d/0cTxtWFR

第23帖「初音」では、新年、一見穏やかな空気の中、源氏の玉鬘に対する歪んだ欲望が垣間見られたうえ、六条院の姫君たちの危うい均衡が語られました。

第24帖「胡蝶」では、玉鬘に多数の求婚者が現れ、状況の複雑性が明らかになるとともに、源氏の邪悪な欲望がいよいよあらわになっていきます。

メンバー紹介

  • ヒデ(僕):男性。源氏物語を「権力と欲望」という視点から読み解く。イケメン、モテる男を敵視しており、源氏に対する嫌悪感が読解の根底にあって、源氏に対する敵意に満ちた偏った解釈をしがち。第22帖「玉鬘」と第23帖「初音」を源氏の玉鬘に対する歪んだ欲望を中心に読み解く。
  • ヒナ:女性。源氏物語を「孤独と儚さ」という視点から読み解く。「あさきゆめみし」や与謝野晶子・瀬戸内寂聴日本語訳がベースにあり、源氏に好意的。和歌や色彩、音楽、表現技法など、美的・文学的観点から繊細に読み解く。女性心理に対する深い洞察が特徴。第22帖「玉鬘」と第23帖「初音」を和歌や色彩など情緒豊かに読み解きつつ、六条院の姫君たちの心理の機微を鋭く洞察する。

「胡蝶」あらすじ

源氏36歳の年の3月~4月、春。源氏は当時太政大臣。紫の上は28歳、玉鬘は22歳。

六条院では華やかな舟の楽が催される。紫の上の童たちが、鳥・蝶の装束で舞を奉じる。紫の上と秋好中宮(あきこのむちゅうぐう、源氏の養女であり、ときの帝である冷泉帝の正妻)が和歌を贈答し合う。

六条院は優雅さに満ちる。

しかし、玉鬘に対する多数の求婚者が現れ状況は複雑さを増す。主な求婚者は次のとおり。

  • 兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや):源氏の異母弟、次の第25帖「蛍」におけるエピソードから蛍兵部卿とも呼ばれる。恋愛下手。
  • 鬚黒(ひげくろ):当時右近衛大将。有力貴族。
  • 柏木(かしわぎ):頭中将(当時内大臣)の長男。当時中将。玉鬘は頭中将の娘であることから、実は玉鬘の異母兄にあたり、玉鬘を恋愛対象とすることは本来許されないのだが、それを知らず、求婚する。

また、源氏の息子夕霧は、玉鬘を異母妹と思いこみ、恋愛対象ではないと思って親しくしているが、実は他人であり、恋愛対象にしてもよい相手だった。

このような複雑な状況の中、源氏は、玉鬘に対する欲望を露骨に表現し始める。

ヒナの視点 — 紫の上と秋好中宮、和歌に宿る緊張

ヒナ:「胡蝶」帖を読んで、見逃せないのが、タイトルのゆえんとなった、紫の上と秋好中宮それぞれの贈答歌の面白さです。

まず、紫の上の秋好中宮に対する贈答歌です。

O pine cricket, who waits hiding beneath the grass

Longing for the autumn, are you indifferent

To these butterflies who have come from my garden

原文:花園の胡蝶をさへや下草に 秋まつ虫はうとく見るらむ

次に、秋好中宮の紫の上に対する贈答歌です。

Kochō … the word butterfly says “come” …

And I might have, had there been no mountain

Of mountain roses blocking my way there

原文:こてふにも誘われなまし心ありて 八重山吹をへだてざりせば

この二つの和歌について、地の文で、次のように、紫の上と秋好中宮という二人の優れた人物の和歌としてはずいぶん平凡だと批評されています。

their poems were not at all what expected of them.

ヒデ:たしかに、いずれの和歌もそれほど情感に訴えるような内容とは思えないように感じます。ヒナさんは、これらの和歌をどう面白いと感じたのでしょうか。

ヒナ:紫の上と秋好中宮との緊張関係が象徴されていることが面白いと思います。

紫の上は六条院の姫君のトップであり、六条院における春の町に住んでいます。

一方、秋好中宮は冷泉帝の正妻なのですから、宮中のトップであり、六条院においては秋の町に住まいがあります。

春は紫の上を象徴し、秋は秋好中宮を象徴しているのです。

この二つの和歌は、春と秋がそれぞれを批評し合っている、けん制し合っている内容と読めます。六条院のトップと宮中のトップ、いずれも源氏にゆかりがあるわけですが、どちらにもプライドがあり、互いに張り合っていると考えると面白いのではないでしょうか。

ヒデ:春と秋、いずれも甲乙つけがたいですね。なるほど、そうした牽制が主目的となっていることから、傍から見ると幾分情緒にかける和歌になってしまっているのですね。いや、非常に面白い着眼点です。

ヒデの視点―あらわになる欲望

ヒデ:ヒナさんのそうした女性心理に関する繊細な洞察はとりあえずおいておいて、「胡蝶」帖におけるハイライトは何と言っても、源氏の異様な下心が露わになったことでしょう。

次の表現を見てください。

“If that’s the case, then remember the old saying that an adoptive parent is better than a birth parent. Think of me as your real father and recognize that my feelings for you are not common.”

源氏は玉鬘に対し、養親の方が生みの親よりも良い場合があるなどと言って迫ります。しかし、その後、玉鬘への感情が「not common」として、普通ではないことが漏れ聞こえています。「玉鬘」「初音」各帖における源氏の異様な視線を思い出してください。

性的な含意は明らかです。

これまで、源氏は、玉鬘に対して直接に言葉にしていませんでしたが、ついに言葉にしたのです。

さらに、次の表現を見てください。

“Why do you detest me so? I shall keep our relationship concealed, so that no one can censure us in any way. You will be able to keep it secret as well if you simply act as though nothing has happened. Because my feelings for you mingle with my paternal devotion, which cannot be considered shallow, my love is unlike anything the world has seen. Do you really think less of me than you do of those men who send you letters? It would be hard to find anyone who has such deep consideration for you as I … and that’s why I worry so much about you.”

源氏がついに、玉鬘への邪な感情を露骨に表現しました!

しかも、その表現はあまりに露骨ではないでしょうか。源氏は、玉鬘に対し、仮に性的な関係を結んだとしてもそれを「concealed(隠された状態)」「secret(秘密)」にできるなどというのです。

さらに、源氏は、自らを多くの求婚者たち以上に玉鬘を思いやっている(性的な含意が明らか)などと迫っているのです。

玉鬘は一応源氏を父と思っているのです。養父から迫られた玉鬘の苦悩は察するに余りあります。

「胡蝶」のラストを見てください。

Though Tamakazura was an adult, she had no experience with sexual relationships and had led such a sheltered life that she didn’t even know a woman who possessed a modicum of knowledge about such things. … Listening to her, Tamakazura grew increasingly disgusted at the thought of Genji’s unimaginably deplorable desires, and she found her lot in life thoroughly disheartening.

英語訳の場合、玉鬘が悩んでいるものが「sexual relationships」と明確に説明されており、僕にとっては非常にわかりやすかったです。

そのうえで、玉鬘は、源氏の欲望を「unimaginably deplorable desires(想像を絶する非難に値する欲望)」と強烈に批判し、苦悩しています。

時の太政大臣であり、権力の絶頂を極めている養父源氏から性関係を求められた養女玉鬘。

あまりにも理不尽。

ヒナさんどう感じますか。

ヒナの共感ー読者を引き込むストーリー

ヒナ:原文や現代日本語訳が直接的な表現を避けていた部分について、英語の表現が極めて直接的であることに驚きました。奥ゆかしさはなくなりましたが、たしかにわかりやすくなっています。

その結果、「どうなっていくんだろう」という読者を引き込むストーリー展開がより強調されているように感じます。

玉鬘の苦悩の性質ですが、平安貴族の女性としての特徴が次の文章に表れていると思います。

She [Tamakazura] was in true misery, wondering in shock and confusion what people would think” (近やかに臥したまへば、いと心憂く、人の思はむこともめづらかに、いみじうおぼゆ)

[Tamakazura tought] If word about this gets out, I’ll be a laughingstock and the object of malicious gossip (かうやうのけしきの漏り出でば、いみじう人笑はれに、憂き名にもあるべきかな)

玉鬘が気にしているのは世間体です。

源氏についても、世間体が最後の一線を踏み越える障壁となっています。

Still, he recognized that his passion was inappropriate and contemptibel, and so he reconsidered and went no further. Concerned that her women might think it suspicious that he had stayed so long, he left before the night grew late.(わが御心ながらも、「ゆくりかにあはつけきこと」と思し知らるれば、いとよく思し返しつつ、人もあやしと思ふべければ、いたう夜も更かさで出でたまひぬ)

このように、両者とも世間体を最重視しているのが平安貴族らしいと思います。

ヒデ:なるほど。苦悩の方向性も若干現代的な感覚とはずれていますね。それにしても、玉鬘の置かれた苦境は相当なものだったのではないでしょうか。

ヒナ:ここまでくると、いくら贔屓目に見ても、源氏の玉鬘に対する態度が気持ち悪いという点は否定しきれなくなってきました。

次回予告―第25帖「蛍」へ

春、華やかな「胡蝶」の舞の裏で、ついに露呈した源氏の欲望。
絶対的権力者である養父から迫られ、世間体という見えない檻に捕らわれた玉鬘。

この歪んだ関係はどこへ向かうのか。

玉鬘の運命やいかに。

次帖、第25帖「蛍」。Chapter 25 Hotaru: Firefies
その光は、玉鬘の未来を照らす光となるのか。それともさらなる幻惑を導くのか。

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