(AIにより生成したイメージ画像を使用しています。)
英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。
今回から、コウキ君、クミコ女史とのフランス語読書会の様子をお伝えしていきます。
(この読書会が始まった経緯について、前回の導入記事はこちら。)
記念すべきフランス語読書会第1回は、2025年6月に実施されました。
最初の課題図書はLe Petit Prince(邦題「星の王子さま」のフランス語原書)でした。
(僕が購入したキンドル版はまさかの115円!?)
このブログは、フランス語がわからなくても読み進めることができるようにしています。
フランス語はわからないけれど、「星の王子さま」のフランス語原書の雰囲気を少しでも味わってみたいという皆様にも楽しんでいただける内容にしていますので、安心して読み進めて下さい。
フランス語がわからない人にも、フランス語の魅力が伝わるようにしていきたいと考えています。
メンバー紹介
まず、簡単にメンバー紹介。
ヒデ(僕)
男性。社会人。英語とフランス語の読書をこよなく愛する。
両言語をあくまで「娯楽」として捉え、とにかく楽しむことに全振りしながら、複数の読書会を主催。コウキ君のような有望な若者を半ば強引に巻き込みながら、読書の場を拡張している。
大学時代の第二外国語選択はドイツ語。しかし、現在ドイツ語では挨拶すらできない。
英語の読書をしているうちにフランス語の読書をしたいという強い欲求を感じるようになる。
フランス語で本を読みたいという強烈な好奇心にあらがえず、全く未知の言語であったフランス語に飛び込む。
フランス語の読書が思いのほか楽しく、この楽しさを誰かと共有したいあまり、フランス語読書会を開始する。
(僕のフランス語との出会いについては次の記事も参照。)
コウキ
男性。大学生。英語・フランス語読書の“Demon”。
大学1年生のころから、大学における第二外国語選択としてフランス語に触れたまったくのフランス語初心者。
大学2年生の頃には、英語読書で急成長を遂げ、ヒデと複数の読書会を実施。
そんななか、ヒデに、うっかり、第二外国語でフランス語を選択していることを言ってしまう。
そうしたところ、Le Petit Prince (『星の王子さま』原書)かL’Étranger(『異邦人』原書)のいずれを読むのか二択を迫られ、フランス語読書会に巻き込まれる。
ところが、Le Petit Prince をフランス語であっさりと読了し、むしろフランス語の Le Petit Prince が愛読書になってしまう。
(コウキ君が参加している読書会はこちら。)
クミコ女史
女性。多言語話者。英語、フランス語を恐るべき流暢さで自在に操る。
しかし、その正体は純然たる日本人。
もともと読書を愛し、ジャンルを問わず幅広く読んでおられたが、特にミステリーとサスペンスを愛好していた。
2023年頃までは日本語で読書をしていたが、以後、日本語に物足りなさを覚え、英語での読書へと移行。
現在は、月に分厚い洋書3〜4冊というペースで、主にミステリー・サスペンスの洋書を読み続けている。
英語で読んだ本について語り合える相手を求めていたところで、2024年9月、ヒデとコウキに出会う。
フランス語読書にも興味があったところ、大学生のコウキがフランス語で『星の王子さま』を読んでいるのを見かけて軽い気持ちで声をかけた。
ところが、コウキは、すでにヒデのフランス語読書会に取り込まれており、ヒデからフランス語読書にわずかでも興味を持った人がいたら、手段を問わず、強引に読書会につれてくるよう指示を受けていた。
クミコ女史はコウキから拝み倒され、大学生からの頼みを断り切れず、ヒデのもとに連れていかれるに至る。
(クミコ女史が英語多読の素材としてミステリー・サスペンス洋書を紹介する記事はこちら。)
フランス語読書会に参加するには
もし、フランス語が全くわからないけれども、このブログにあわせてフランス語のLe Petit Prince を読んでみたいと思う人がいる場合にそなえ、僕たちフランス語読書会のメンバーのやり方を簡単に紹介しておきます。
そもそも、僕は、この読書会開始時点までにフランス語に触れていた期間は1年半程度でした。
コウキ君は大学2年生の6月ということで、第二外国語として1年2か月程度フランス語に触れたことがあるという程度でした。
つまり、二人とも全くのフランス語初心者だったということです。なお、クミコ女史は流暢なフランス語の使い手なので、以下は、あくまで、僕とコウキ君のやりかたです。
僕とコウキ君の進め方はこうです。
日本語を徹底して排除する
まず、徹底したのは日本語の排除です。
フランス語を学ぶのに日本語を介入させることほどナンセンスなことはありません。
少しフランス語をかじればわかりますが、フランス語と英語は語彙が驚くほど共通で、言語として、相当近い関係にあることが明らかです。
また、単語や文構造に込められたベースとなる考え方、物の見方、価値観が極めて近接しています。
ですから、英語とフランス語は凄く近しい関係、ご近所、何ならお隣の家といえるくらい近い関係なのです。
一方、フランス語と日本語とはかけ離れた構造をしていて、
共通点は……ありません!!(この点は日本語と英語の関係もそうです。)
言語として極めて遠い存在と言えると思います。
そうすると、英語である程度本を読んでいる人がフランス語を学ぶのに日本語を介入させることは、すぐお隣の家に行こうとしているのに、あえて1回、飛行機を使って海外に行ってから戻ってくるような、ナンセンス極まりない行為ということになります。
これからフランス語の読書を楽しみたいという皆様は、決して日本語を介入させることがないようにご注意ください。
必要な資料
まず、当たり前ですが、フランス語原書を用意してください。これは、キンドルがあればすぐ入手できます。(「Kindle Unlimited」に加入すれば、多くの本が追加料金なしで読めます。)
これに加え、フランス語を学ぶ際に必要な資料は、
- 読みたい本の英語訳
- フランス語音源
があれば必要にして十分です。
英語によるフランス語文法書や、英語によるフランス語単語帳などでは全く不要です。
フランス語を読めるようになるために必要な英語の資料は、単純に、読みたいフランス語の本の「英語訳」。
ただこれだけです。そして、キンドルであれば、英語訳も非常に簡単に、安価に入手できます。
とはいえ、フランス語と英語にはちがいもあります。
フランス語と英語に大きな違いがあるとすれば、やはり「音」です。
これは考えても仕方ないですね。音源を入手しましょう。僕は、AMAZONの提供するAudibleですべてのフランス語音源を入手しています。
僕とコウキ君がLe Petit Prince 読書会に向けて準備したものは以上です。
まとめると、フランス語の初心者がLe Petit Prince読書会に参加するのに必要なものは
- フランス語原書(キンドルで簡単に入手)
- フランス語音源(Audibleで簡単に入手)
- 英語訳(キンドルで簡単に入手)
これだけそろえば、あなたも今すぐ僕が主催するLe Petit Prince フランス語読書会に参加できます。
最も大切な持ち物(精神的)
ただ、一点指摘を忘れていました。
僕の読書会に参加するときに、上記の物質的な持ち物よりも圧倒的に重要な精神的要素があります。何ならこれさえあればあとは何もいらないと言ってもいいかもしれません。
その本を読みたいという気持ち。
母国語だろうが、全く未知の外国語だろうが、何はともあれ、「本を読みたい」という強い気持ちさえあれば必ずその本を読めるようになります。
正直僕もフランス語の本が読みたいという気持ちだけでフランス語の読書をしています。
僕は、お勉強としてのフランス語には全く触れたことがなく、フランス語をお勉強として捉えている人たちからフランス語の文法についてきかれたら、おそらく何一つ答えられないと思います。
それでも、これまで僕が読み通してきた「黄色い部屋の謎」「レ・ミゼラブル第1部(ファンティーヌ)」、コウキ君・クミコ女史とともに検討したLe Petit Prince、L’Etranger などについては、誰よりもフランス語で深く楽しんできたと思います。
Le Petit Prince には、シンプルで美しく、心を揺さぶるフランス語の名文が多数登場します。
このブログの記事でできるだけそれを紹介したいと思っているのです。
フランス語を苦行のように勉強している人より、心からフランス語を楽しんでいる僕たちの方がすごくないですか?
フランス語を勉強したことはないけれど、フランス語の表現に魂を揺さぶられた僕の方が、フランス語の文法に詳しい人より豊かな人生を送っていると言えませんか?
これから、Le Petit Prince で、僕たち読書会メンバーが重要だと考えた部分をピックアップし、そのフランス語をじっくりと味わったうえで、語り掛けている内容について各自の意見について議論を深めていきたいと思います。
タイトルについて
で、いきなりなんですが、まず、タイトルからです。
- 原題 Le Petit Prince
- 英語題 The Little Prince
- 邦題「星の王子さま」
となっています。このタイトルについて、読書会以前はどう感じていたでしょうか。
コウキ:原題を日本語に忠実に訳すならば「小さな/子供の王子」ですから、日本語のタイトルとは意味、ニュアンスが異なりますね。
とはいえ、「小さな王子」というタイトルの本を日本の子供が手に取るかと言われると、否な気がします。
「星の」や「さま」という言葉を加えることで、子供に親しみを持ってもらいたかったのかもしれません。
クミコ:そうですね。
物心ついた時から「星の王子さま」でしたので、特に違和感もなく受け入れていました。
昔、カレールウに「星の王子ほし」という商品がありましたよね(*^_^*)
学生時代に原題がLe petit prince と知ったときは、「星の」という意訳に疑問をもつよりも、prince の発音に苦労しており、タイトルを深く考える心の余裕がありませんでした。
ヒデ:コウキ君ご指摘のとおり、『星の王子さま』というタイトルに変えたことには、日本人の子供に向けた商業的な意味合いがあったことは確かなのでしょう。
しかし、翻訳というものが、原作者の意図、その作品に込めた『本質』『核心』を別の言語で伝える作業だと仮定した場合、これは許されるタイトルの変換なのでしょうか。
クミコ女史ご指摘のとおり、このタイトルは、日本人に相当浸透していますし、そのタイトルのかわいらしい響きから、これに愛着をもっている人も多いと思います。
この読書会を通じて、『星の王子さま』という邦題を皆様がどのように感じるようになるのでしょうか。
献辞について
ヒデ:僕が、最初に、もっとも気になった部分は、献辞です。そこで、まず、献辞について検討をしたいと思います。
コウキ:え、本文ではなく献辞ですか?
これまで読書において献辞を気にしたことはなかったのですが……
クミコ:どの本にも「~に捧げる」などと記載されていますが、あまり意識したことはないです。ただ、作者がどのような気持ちでその作品を書いたかの参考になることはありますよね。
ヒデ:はい。献辞は作者のいる現実世界のメッセージであり、物語本体からするとあくまでメタ情報であって、本文解釈の直接の根拠にはならないと思います。
しかし、クミコ女史のおっしゃるとおり、その本文がどういう気持ちを込めて書かれたかをはかる指針にはなります。
とはいえ、普通は、献辞にそれほど大事な情報があることはないので読み飛ばすことも多いですし、読み飛ばしても問題ないことがほとんどです。
ところがです。
Le Petit Princeにおいては、本文を読み進めるため、決定的に重要な意味があるというのが僕の意見です。
まず、献辞全文を引用します。
フランス語音源を聞きながら文字を追ってみてください。
英語訳を脇に置いておくと意味もほぼ瞬時に理解できると思います。
例えば、「À Leon Werth」という表記により、この本を捧げる相手が Leon Werth という男性であることがわかりますし、辞書など引かずともフランス語の「À」が英語の「To」に相当することは瞬時に理解できます。
À Leon Werth
Je demande pardon aux enfants d’avoir dédié ce livre à une grande personne. J’ai une excuse sérieuse : cette grande personne est le meilleur ami que j’ai au monde. J’ai une autre excuse : cette grande personne peut tout comprendre, même les livres pour enfants. J’ai une troisième excuse : cette grande personne habite la France où elle a faim et froid. Elle a besoin d’être consolée. Si toutes ces excuses ne suffisent pas, je veux bien dédier ce livre à l’enfant qu’a été autrefois cette grande personne. Toutes les grandes personnes ont d’abord été des enfants. (Mais peu d’entre elles s’en souviennent.) Je corrige donc ma dédicace :
À Léon Werth
quand il était petit garçon.
サン=テグジュペリは、この本を大人であるレオン・ベルトに捧げることを子供達に謝り、3つの言い訳をします。その大人が、①世界一の親友であること、②子供達と同じように子供のための本を理解できること、③空腹と寒さの中、フランスにいること。
さらにその上で、この献辞を「小さい男の子だった頃のレオン・ベルトへ」と修正するのです。
なぜ、献辞がこんなにも回りくどいのでしょうか。
親友にこの本を捧げるのは全く問題ないように思います。
しかも、この作品が発表されたのは1943年です。第2次世界大戦、ヒトラーにより占領されていたフランスにいる友人に作品を捧げるということは素晴らしいことのように思います。
それでも、これをあえて、修正した。
そこには極めて強いこだわりを感じます。
この献辞を読んだ際の感想はいかがでしたでしょうか
コウキ:献辞の大部分はベルト氏に関することですが、
Toutes les grandes personnes ont d’abord été des enfants. (Mais peu d’entre elles s’en souviennent.)
は大人一般への言及ですね。なので、この一文は献辞の中でも浮いて見えました。
もしかしたらサン=テグジュペリは献辞のこの箇所に単なる献辞を超えた重要なメッセージを埋め込んだのかもしれませんね。
クミコ:そうですね。
サン=テグジュペリは何か過去の関わりにおいて後悔していることがあるですとか、彼に何か精神的な負債を負っていて、この本を通じて許しを求めているのかもしれませんね。
または、かつては子供であった自分たちの関係の不条理さをあるがまま受け入れようというメッセージであるとか……
親友という認識がベルト氏にもあるかどうか明らかではないので、ただの推測ですが、もし自分がこのベルト氏であったなら、これだけの本を捧げられたら少なからず思うところがあったと思いますし、パリ支配下の窮乏した生活の中でも、この本は一筋以上の希望の光であったことと思います。
ヒデ:僕はこの献辞の「petit garçon」(小さな男の子)に作者サン=テグジュペリの非常に強い想いが込められており、本文読解においても極めて重要な意味があると考えています。
コウキ君が指摘してくれたとおり、この献辞においては、「grande」「grandes」という言葉が相当意識的に用いられています。
そして、その構造に照らし、フランス語の「petit」の対義語が「grande」であることは、フランス語を知らなくてもこの献辞を一見して明らかです。
そうすると、「petit」と「grande」の概念的対立がサン=テグジュペリの根底にあったことがうかがえるのです。
その上で、今一度タイトルを思い出してください。
Le Petit Prince
サン=テグジュペリは何のこだわりもなく、「Petit」をタイトルに用いたのでしょうか。
そんなはずはないと思えてきませんか?
これを「星の王子さま」などと訳すことは果たして許される行為なのでしょうか。
この疑問をもって、本文で僕たちが気になる部分を指摘していきたいと思います。
まとめと次回予告
これをふまえ、次回以降も面白く、重要なフランス語表現を検討していきたいと思います。
次回は第2章の冒頭部分から極めて印象的な部分を引用します。
Le Petit Prince をより深く楽しむため、この物語がいつの時点から何について語られる物語であるかについて、深く検討したいと思います。






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