第25帖「蛍」源氏物語英語訳読書会(第1回の4)

ウォッシュバーン源氏物語

(AIにより生成したイメージ画像を使用しています。)

Chapter 25 Hotaru: Fireflies―絡み合う権力と欲望

英語で『源氏物語』を読むことに取り憑かれている、ヒデです。

前回の記事では、僕とヒナさんによる源氏物語英語訳読書会第1回(2025年3月実施)の議論から、第24帖「胡蝶」Chapter 24 Butterflies について、養父源氏の養女玉鬘に対する欲望があらわになってきたことを紹介しました。

僕と、ヒナさんが読んでいるのはこちら。デニス・ウォッシュバーンによる英語訳

The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn

(すぐに読めるキンドル版がおススメ)

(第24帖「胡蝶」の議論はこちら。)

第25帖「蛍」では、源氏の邪な態度がさらに常軌を逸したものになる一方、玉鬘をめぐる状況が権力闘争としての側面を有していたことが明らかとなっていきます。

ヒナさんによる、和歌や文学的な着眼点の鋭さも相変わらずです。

メンバー紹介

  • ヒデ(僕):男性。源氏物語を「権力と欲望」という視点から読み解く。イケメン、モテる男を敵視しており、源氏に対する嫌悪感が読解の根底にあって、源氏に対する敵意に満ちた偏った解釈をしがち。第22帖「玉鬘」から第24帖「胡蝶」までを源氏の玉鬘に対する歪んだ欲望を中心に読み解くが、和歌、色彩といった文化的側面を読み飛ばしがちであることをヒナに指摘され、若干反省している。
  • ヒナ:女性。源氏物語を「孤独と儚さ」という視点から読み解く。「あさきゆめみし」や与謝野晶子・瀬戸内寂聴日本語訳がベースにあり、源氏に好意的。和歌や色彩、音楽、表現技法など、美的・文学的観点から繊細に読み解く。女性心理に対する深い洞察が特徴。第22帖「玉鬘」から第24帖「胡蝶」を和歌や色彩など情緒豊かに読み解きつつ、六条院の姫君たちの心理の機微を鋭く洞察するが、玉鬘十帖における源氏の邪な行為をかばいきれなくなりつつある。

「蛍」あらすじ

源氏(Genji)36歳の5月。紫の上(Lady Murasaki) 28歳、玉鬘(Tamakazura)22歳。

玉鬘に対する多数の求婚者のうち、最有力は、源氏の異母弟である兵部卿の宮(Prince Sochinomiya)。兵部卿の宮の玉鬘に対する思慕の念は強まる一方であった。

ある夜、源氏は、蛍の光によって、兵部卿の宮に対し、玉鬘の姿を一瞬映し出し驚かせる(このエピソードにより、兵部卿の宮は「蛍兵部卿」と呼ばれることもある)。

源氏は、物語論にかこつけて、玉鬘に対し、親孝行として、男女関係を求めるが、玉鬘は優れた応答により辛くも危難を脱する。

玉鬘の実父頭中将(当時内大臣)は、入内させるにふさわしい娘を求めていたところ、亡夕顔の遺児が他人に養育されていることを察するに至る。

蛍の演出

ヒナ:「蛍」帖において、なんといっても印象的なのは、蛍を用いた演出です。

実は、これには元ネタがあります。宇津保物語(内侍のかみ)、伊勢物語(39段)です。興味があれば確認してみてください。

Genji moved over beside the curtain and lifted up one of the panels, draping it over the crossbeam at the top of the frame. At the very moment, there was a flash of light.

(御几帳の帷子を一重うちかけたまふにあはせて、さと光るもの。)

ヒデ:非常に印象的な場面であることは、ヒナさんご指摘の通りです。

しかし、源氏がこのような演出をした動機には、玉鬘に対する邪な感情がベースにあったことは明らかです。玉鬘の反応を楽しみたかったということでしょう。

次の文章がそれを示しています。蛍を用いて兵部卿宮を挑発した後の感情に関する文章です。

He would never have considered stirring up the passions of other men in this way had she been his real daughter–truly he was capable of perverse, deplorable behavior. 

源氏が実際の玉鬘の父であればこんなことをするはずはなかったのであり、その態度は倒錯的(perverse)で、強い非難に値する態度(deplorable behavior)と表現されています。

ヒナ:ここの源氏は玉鬘の求婚者を煽ってその様子を楽しんでいることが伺われます。確かにdeplorable behaviorではありますが、幻想的なシーンにすることで、読者に「イケメンがロマンチックな演出をしてる」という印象(錯覚?)を与えるともいえるのではないでしょうか。

風情豊かな和歌の応酬

ヒナ:ヒデによる下世話な指摘はさておき、「蛍」の演出をめぐる和歌のやりとりは魅力的です。

「蛍」の演出に対する即興での贈答歌を通して、兵部卿の宮の風流ぶり、玉鬘の知性が伺われます。

兵部卿の宮:

The light of fireflies voiceless and silent

And the flames of love burning quietly

Inside me … can either be extinguished?

(鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに 人の消つには消ゆるものかは)

掛け言葉:思ひ、火

この贈答歌からは「言葉で伝えるのと胸の奥で秘めているのはどちらの方が燃える想いは強いのか?」という命題も提示されているようにも思います。

玉鬘:

(she answered him right away:)

The silent firefly that burns inwardly

Seems to have a love that shines more brightly

Than the firefly who speaks of love’s complaints.

(疾きばかりをぞ)

声はせで身をのみ焦がす蛍こそ 言ふよりまさる思ひなるらめ

「(和歌を詠んでいる)私の想いの方が鳴かない蛍の想いに勝っている」という兵部卿の宮の贈答歌に対する「 鳴かない蛍の想いの方が喋っているあなたに優ってます」という玉鬘の返歌は、男の「好きだよ」に対する(平安女性定番の)そっけない女の返答といえます。

親孝行(!?)として男女関係を求めるとんでもない源氏

ヒデ:ヒナさんの和歌に関するご指摘はいつも勉強になりますが、そんなことより、玉鬘のおかれた苦境です。

玉鬘は、養父源氏が蛍を用いてからかってきた理由に自分に対する邪な感情があったことはわかっているわけです。

次の文章は、源氏の邪な感情により苦悩する玉鬘の感情を的確に表現しています。

All day and all night, Tamakazura was tormented by her thoughts of Genji, who outwardly acted like a father to her, but who inwardly harbored those lewd desires.

この後、源氏はとんでもないことを言い出します。

Genji sidled over to her. Tamakazura turned away from him, hiding her face in her collar, and said, “Even if we don’t make a story together, the relationship we do have is so bizarre and unbelievable that it will likely never become the subject of court gossip.”

 “You think it’s bizarre? Truly, there has never been a daughter as cruel as you.” He had moved even closer, and his behavior was much too forward.

Having a surfeit of cares and longings

I seek answers for them in tales of old

But find there no child as unfilial

“Even the teachings of Buddha admonish unfilial children,” he added. When she refused to show her face, he began stroking her hair. As he did so, her resentment led her to reply:

Though I have searched through all these ancient tales

Truly I find no models in this world

For parental feelings resembling yours

He felt ashamed when he heard her poem and went no further than stroking her hair. Given her situation, whatever would become of her?

物語にかこつけて玉鬘に接近を試みる源氏と、拒絶する玉鬘。源氏の気持ち悪さがその極みに達した感があります。

源氏は父であることにかこつけ、玉鬘の髪を撫で(storking)ながら、仏教における親孝行(unfilialは親不孝という意味です。)を引き合いに出して親孝行を求めます。

しかし、上の文章をよく読んでください。そこで求めているのはつまり性的な関係です。関係を受け入れない玉鬘を残酷(cruel)とまで表現しているのです。

玉鬘は、機知にとんだ和歌で源氏を撃退しますが、それにしても、玉鬘の置かれた苦境は想像を絶するものがあったといえるでしょう。

紫式部の物語論

ヒナ:ヒデが指摘する源氏による玉鬘へのアプローチの前に、紫式部の重要なテーマが語られています。こういうところを読むべきです。

源氏物語の作者紫式部は、自身の物語論を登場人物のナチュラルな会話として記載しています。そこには、「物語は実際に起きたことではないかもしれないが、現代を生きる人の真実である」というメッセージが込められていたと考えられます。

というのは、紫式部は、源氏物語を「人間の真理」を描くものと明白に意図して記載していると思うのです。

1000年前にこの哲学を持って物語を記載しているということがすでに驚嘆ではないでしょうか。

紫式部の描いた「人間の真理」とは?

下記の源氏と玉鬘の会話から、紫式部の物語論が推測できる。

“Ahh… how tedious,” he chided.

という源氏による物語への批判的な態度からはじまり、

Genji was now claiming that tales were beneficial.

という物語を肯定的に捉えるまでの源氏と玉鬘による物語に関する議論(ヒデが指摘する親不孝の場面の直前です。)を整理します。

Genjiの発言

“You know full well these tales have only the slightest connection to reality, and yet you let your heart be moved by trivial words and get so caught up in the plots”

(ここらのなかに、真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて)

 “there are without doubt skilled storytellers in this world and that such tales must come from the mouths of people accustomed to spinning lies…”

(虚言をよくしなれたる口つきよりぞ言ひ出だすらむとおぼゆれど、さしもあらじや)

源氏は「物語は虚言」といって玉鬘にちょっかいを出しますが、Tamakazuraの反論です。

“These stories are quite truthful”

ただいと真のこととこそ思うたまへられけれ

玉鬘の「物語は真実」という反論に対し源氏は、次のように述べます。

“Histories of Japan like the Nihongi give only partial accounts of the facts. The types of tales you are reading provide detailed descriptions that make more sense and follow the way of history”

(日本紀などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ)

源氏は、歴史書は一面的、「物語は歴史書よりも真実」と物語に肯定的な態度を示します。

“A story may not related things exactly as they happened out of consideration for the circumstances of its characters. Yet there are moments when one wants to pass on to later generations the appearance and condition of people living in the present – both the good and the bad ……. It’s hard to keep such matters to oneself, and so you begin to tell stories about them.

(その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ、善きも悪しきも、世に経る人のありさまの、見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしき節々を、心に籠めがたくて、言ひおき始めたるなり。)

源氏は、物語は真実通りではないかもしれないが、「後世に伝えたい現代の人間のありようを伝えるもの」と評価します。

……… you will always be speaking about things of this world.

この世の他のことならずかし

源氏が「物語は真実」と認めるようになっていきます。

……. The narrow-minded conclusion that all tales are falsehoods misses the heart of the matter.

(ひたぶるに虚言と言ひ果てむも、ことの心違ひてなむありける。)

源氏も「物語は虚言」というのは違うと認めます。

……..The distinction between enlightenment and suffering is really no different from the distinction between the good and the bad in tales such as these”

(菩提と煩悩との隔たりなむ、この、人のよきあしきばかりのことは変はりける)

物語の善人と悪人の区別に 悟りと迷いの区別との違いはないといして、物語に価値があることを結論付けます。

源氏を通じて語られた紫式部の物語論は現代的に見ても何らそん色のない、非常に先進的なものだったのではないでしょうか。

ヒデ:まったく気が付きませんでした。ヒナさん、さすがのご指摘ですね。

「蛍」帖衝撃のラスト。源氏のたくらみの壮大さ。

ヒデ:頭中将に関する次の文章から、僕は、源氏の企みの壮大さを知り、戦慄しました。

源氏が玉鬘を自らの娘として六条院に招き入れたのは、性的欲望を満たすためだけではなかったのです。

次の文章から、玉鬘十帖には権力闘争としての側面もあったことがわかっていきます。

To no Cujo, he didn’t have many daughters, and he was filled with regret that their fortunes had not prospered–his oldest daughter, the Kokiden Consort, had not achieved what he had expected of her at the palace, while his younger daughter, Kumoinokari, had involved herself with Genji’s son in spite of his plans to give her to the present Crown Prince. In addition, he had never forgotten the little “wild pink” he had fathered, and ever since he mentioned her that rainy night so many years ago, he continued to wonder sadly about her fate.

頭中将は、入内させるにふさわしい娘を切望していました。

当然源氏もこれはわかっていたはずです。

玉鬘が頭中将の娘として帰京すれば、その美貌と才覚から、帝の妃としてこれ以上ふさわしい娘はいなかったといえます。

一方、源氏には、明石の姫君という入内させるにふさわしい娘がいました。

そうすると、玉鬘が頭中将の娘として帰京すると、将来、明石の姫君の深刻なライバルになる可能性があったのです。

頭中将は源氏にとって、左大臣家を通じてともに育った、義理の兄弟であり、親しく信頼する関係だったはずです。

しかし、一歩間違えれば、自らの権力の脅威になります。

仮に、頭中将の娘としての玉鬘が帝の妃におさまり、帝の子を設ければ、外戚として最大権力を手中にするのは頭中将です。

玉鬘を頭中将から遠ざけることは、頭中将が源氏の権力基盤を脅かすことになることを防ぐ意味があった。

玉鬘が六条院に入ってすでに2年。その美貌と才覚でこれだけ評判になっていたのであり、玉鬘が実は源氏の子ではなく頭中将の子であることはすでに噂レベルでは相当流布していたと考えるのが自然です。

 “You may soon learn that a child of yours, one you lost long ago, is being looked after by someone else,” he was told.

「蛍」のラスト、頭中将は、夢占いから、自分の娘が他人に養育されていることを聞かされます。頭中将は源氏の企みに気づいたのでしょうか?

まとめと次回「常夏」予告

「蛍」の終わり方は物語としてとてもうまいと思います。

次がものすごく気になります。

これは、ストーリーテラーとしての紫式部が平安時代にあって異次元のレベルに達していたことを示すいい例だと思う。

次回、第26帖「常夏」 Chapter 26 Tokonatsu: Wild Pinks

玉鬘をめぐる運命は、さらに危うく、美しく、大きなうねりに飲み込まれていきます。

デニス・ウォッシュバーンによる英語訳『源氏物語』の読書会ですが、2025年3月に実施された第1回の議論はここまでです。

次回の記事以降、2025年4月に実施された第2回の議論を紹介していきます。第2回からは、新たなメンバーも加わり、より白熱した議論となっていきます。ご期待ください。

The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn を実際に読み進めながらこの記事を読んでいただけると一層楽しめると思います。

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