第27帖「篝火」Chapter 27 Kagaribi: Cresset Fires 源氏物語英語訳読書会(第2回の2)

ウォッシュバーン源氏物語

(AIで生成したイメージ画像を使用しています。)

第27帖「篝火」――燃え上がるのは欲望か、権力か

英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。

僕と、ヒナさんが読んでいるのはこちら。デニス・ウォッシュバーンによる英語訳

The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn

前回の記事では、第26帖「常夏」Chapter 26 Tokonatsu: Wild Pinks における議論を紹介しました。

「常夏」は、一見すると明るく華やかな帖に思えます。

しかし、その裏側では、近江の君という“嘲笑される存在”を通じて、玉鬘十帖の有する権力闘争としての構造が露わになっていました。

第26帖「常夏」Chapter 26 Tokonatsu: Wild Pinks 源氏物語英語訳読書会(第2回の1)
第26帖「常夏」Chapter 26 Tokonatsu: Wild Pinks 源氏物語英語訳読書会(第2回の1)。新メンバーロキが加入し、新たな視点を加え、源氏と玉鬘の関係性、源氏と頭中将との権力闘争、近江の君登場の謎に迫ります。

そして続く第27帖「篝火」――。

秋の夜、闇夜を照らす篝火。
揺れる炎。
立ち昇る煙。
美しい和歌。

表面的には、優雅で、幻想的な帖です。

しかし、この帖にも表面的な美しさでは覆いきれない欲望が満ちています。

源氏の玉鬘への欲望。
そして、近江の君はなぜ、なおも読者の前に姿を現し続けるのか。

「篝火」は玉鬘への情欲を幻想的に印象付ける恋愛の帖なのか、

それとも、近江の君を通じた玉鬘をめぐる権力闘争の物語なのか――

僕とヒナさん、ロキさんとの議論は白熱したものとなり、源氏物語の重層的な深みが印象付けられます。

和歌の美しさ。
女性心理。
シンデレラストーリーへの批判。
そして、源氏の欲望と支配。

短い帖ですが、その濃密さを味わっていきましょう。

メンバー紹介

ヒデ

男性。社会人。源氏物語を「権力と欲望」という視点から読み解く。

学生時代は国語古文の『源氏物語』にひとかけらの興味もなかったが、社会人になり、デニス・ウォッシュバーン英語訳『源氏物語』を読んで初めてその面白さに気が付く。

イケメン、モテる男を敵視しており、源氏に対する極めて強い嫌悪感が読解の根底にあって、源氏に対する敵意に満ちた偏った解釈をしがち。

あらゆる凶事の原因を源氏と考え、ついには、近江の君を源氏の頭中将に対する刺客と考えるに至る。

第26帖「常夏」以後、源氏の歪んだ欲望に加えて、源氏の権力欲による行動のしたたかさを読み解いていく。

情景や和歌など情緒的な側面の読解が不足していることを反省していたはずだが、そういった高尚なことはヒナとロキに任せようと開き直りつつある。

源氏物語は、デニス・ウォッシュバーン訳しか読んでいない。

ヒナ

女性。当時大学院生。源氏物語を「孤独と儚さ」という視点から読み解く。

小学生時代から源氏物語を読んでいたという伝説をもつ。

『あさきゆめみし』や与謝野晶子・瀬戸内寂聴日本語訳のイメージがベース。

さらに、宝塚による『源氏物語』のイメージも重なり、その根底には清く正しく美しい『源氏物語』がある。

そのため、源氏に極めて好意的。イケメンなら何をやっても許されるという観点から、源氏の行動について全力で善意解釈しようとする。

和歌や色彩、音楽、表現技法など、美的・文学的観点から繊細に読み解く。

女性心理に対する深い洞察が特徴。

第22帖「玉鬘」から第26帖「常夏」までを和歌や色彩など情緒豊かに読み解きつつ、源氏物語全体を通じた構造的で理論的な分析を行う。

ヒデの示す源氏への憎悪に満ちた極端な解釈になかば呆れながら、ヒデを「極論主義者」と呼ぶ。

デニス・ウォッシュバーン訳に加え原文も読んでいる。

ロキ

女性。ヒデの同業者であり、長年の読書友達。

源氏物語を、従来型シンデレラストーリーへのアンチテーゼとして読み解く。

学生時代より『源氏物語』を愛好。漫画『あさきゆめみし』のイメージがベースにあるものの、テキストを客観的・論理的に分析することを好み、源氏の行動に対しては比較的中立的な立場から評価を加える。 

特定の登場人物への肩入れをしない冷徹な視点による分析が特徴。

原文、谷崎潤一郎訳、林望訳を携えて参戦。

洋書読書をコンセプトにしたヒデの読書会に、なぜか、英語を携えずに参戦しているところ、ヒデも、もはやこれが何語による読書会かわからなくなる。

読書に言語は関係ないのかもしれない……

第27帖「篝火」あらすじ

源氏36歳の年の7月。紫の上28歳、玉鬘22歳。

非常に短い帖。

源氏は、頭中将が近江の君を引き取ったことについて、軽挙と批判する。

秋。

篝火の明かりに浮かび上がる玉鬘の美貌。

源氏の心中にくすぶる玉鬘への欲望。

この帖は、物語としての大事件が起こるわけではない。

しかし、その静かな会話と和歌の応酬の中には、ただならぬ緊張感が満ちている。

ヒナの視点

近江の君のネタキャラ以上の意味

ヒナ:私は、第26帖「常夏」において登場した近江の君をネタキャラだと思っていました。

緊張感のある物語の中に登場した、クスッと笑える存在だと思ったのです。

しかし、第27帖「篝火」を読んで、近江の君は、ただのネタキャラじゃないと思えてきました。

玉鬘が「現実」を理解するために必要な存在になっています。

次の部分を見てください。

Tamakazura thought “As it turned out, what Genji said was right – it was best for me not to go to the Palace Minister’s household……. I would likely have ended up humiliated as well”

(げによくこそと、……. 恥ぢがましきことやあらまし)

玉鬘は、これまでずっと「実の父にひきとってもらっていたら」という幻想をどこかに持っていたと思います。

しかし、近江の君を見たことで、

「血が繋がっているだけでは駄目なんだ」

という現実を理解してしまった。

しかも、それによって、

「源氏のもとにいる方が安全」

という認識が強化されてしまっています。

玉鬘の心情変化

さらに玉鬘の心情変化も重要です。

While his lewdly suggestive behavior was distressing, at least he did not force himself on her, as he so clearly desired. Indeed, his kindness was growing deeper and deeper so that Tamakazura was beginning to open up and behave more warmly toward him

(憎き御心こそ添ひたれど、さりとて、御心のままに押したちてなどもてなしたまはず、いとど深き御心のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。)

lewdlyは、「いやらしく」という意味ですし、 as he so clearly desired 、は原文にありません。

ここ、Washburn訳の表現があまりにも direct expression すぎて思わず笑ってしまいました。

これは平安時代はもちろんですが、現代日本語でもあり得ないですね。

ヒデ:僕は、ウォッシュバーン訳源氏物語のそういうところがすごく好きです。わかりやすくてよくないですか?

ヒナ:奥ゆかしさはなくなりますけどね。

でも、それくらい源氏の欲望が隠しきれてないということは確かです。

さらに和歌の応酬がすごいと思います。

源氏

The smoke from my passionate heart smolders
Rising from an eternal flame of love
To mingle with the smoke from cresset fires

篝火にたちそふ恋の煙こそ 世には絶えせぬ炎なりけれ

玉鬘

If, as you say, the smoke of your smoldering love
Rises together with the smoke from cresset fires
It will surely dissipate in the boundless skies

行方なき空に消ちてよ篝火の たよりにたぐふ煙とならば

ヒナ:玉鬘の返答はなかなか強いです。

源氏が、

「篝火の煙は私の絶えない恋心です」

と言ってるのに対し、

玉鬘は、

「煙みたいなものなら、そのまま空に消えれば?」

と返しているのです。

すごく上手いですし、かなり強烈な返答ですよね。

玉鬘はかなり知的で、切り返しが鋭い女性なんだと思います。

ヒデ:ここの返しはすごいですね。源氏の下心に対して、このような毅然とした態度を示すことができるところは、玉鬘の魅力ではないでしょうか。

ロキの視点

なぜ玉鬘の対比として近江の君をしつこく出し続けるのか

ロキ:近江の君の存在意義について、結論から言うと、「読者へのブーメラン」だと思う。

「読者のお前ら(主に宮中の女房達)が玉鬘になれると思うか?

近江の君になるのが関の山だ。

お前らは近江の君を笑ってるけどな!!」

っていうことではないだろうか。

ヒデ:なかなかに辛辣な意見ですね。

ロキ:私は、紫式部をかなり冷徹な作家だと思っている。

玉鬘十帖って、表層的には超豪華シンデレラストーリーに見える。

行方不明だった姫が田舎(九州)で発見されて、
超美人で、
超豪華な屋敷(六条院)に引き取られ、
男たちに求婚されまくる。

普通の読者(当時の女房達)なら、

「私も玉鬘みたいになりたい!」

って思ったのだろう。

だが、紫式部は、明らかにそれを恐ろしく冷めた目で見ている。

だから近江の君を、あえてしつこく配置する。

「お前らが玉鬘って柄か?

鏡見てみろ。

お前らが仮に高貴の人に見出されたとしても、所詮近江の君になるのがオチだ」

って。

しかも、

「完全無欠のシンデレラ」であるはずの玉鬘ですらちっともうまくいってない

っていうのが重要だと思う。

理想的なスペックを持ってる玉鬘でさえ、
結局は男性権力の中で翻弄されてる。

だったら、普通の女性である「お前ら読者(主に宮中の女房達)」はなおさら厳しい。

近江の君を笑ってる読者自身が、
実は近江の君そのものなんですよ、

というブーメラン。

この構造、かなり冷徹だと思わないか、ヒデ。

ヒデ:ロキさん、紫式部の視点に対する見方が厳しすぎませんか。

ただ、僕も、紫式部がただ面白いキャラクターとして近江の君を登場させたとは全く思っていません。

ヒデの視点

近江の君に込められた二つの意味

ヒデ:僕は第27帖「篝火」について、非常に短いにもかかわらず、恐ろしい帖だと感じました。

ヒナさんご指摘の玉鬘による機知に富んだ和歌の応酬も見事だとは思います。

僕にとってこの帖で最も印象深いのは、近江の君の存在です。

これは、単なるギャグではない。

むしろ、近江の君は、源氏により極めて効果的に仕組まれた“罠”なんじゃないかと思うのです。

前回、近江の君を「源氏による刺客」と呼んだ理由がこれです。

対・頭中将

まず、頭中将側。

近江の君が悪い評判を立てれば立てるほど、
頭中将家の評判は落ちる。

頭中将家の出世は源氏より遅れる。

しかも、頭中将による玉鬘への注目も分散される。

さらに、

「実の娘を迎えたら、こういう面倒が起こる、実の娘はもうこりごり…」

という空気が形成される。

対・玉鬘

さらに恐ろしいのが玉鬘側とっての罠だと思うのです。

玉鬘は近江の君を見て、

「源氏のもとにいる方が安全」

と思い始めてしまう。

つまり源氏は、

「実父の家より、自分の庇護下の方が恵まれている」

と玉鬘に思わせることに成功している。

どうです、極めて効果的な罠ではありませんか?

源氏は、効果的に頭中将の出世を遅らせ、周到に玉鬘の逃げ道を潰していくのです。

ヒナ:あまりにもうがった見方ではないでしょうか。やはりヒデは、極論主義者ですね……。

ロキ:だから根拠が薄すぎるだろ!

まとめ

「篝火」帖は、
情景が美しく、
優れた和歌の応酬があり、
日本語だと読者はついロマンチックに読んでしまう。

しかし、英語による篝火の光で照らされた真実は、
かなり歪んだものではないかと思うのです。

第27帖「篝火」は、秋の夜と和歌が美しく交差する、極めて情緒豊かな帖です。

しかし今回の読書会では、その幻想的な美しさの裏側にある、
「支配」
「欲望」
が浮かび上がりました。

特に印象的だったのは、近江の君の存在です。

笑われる存在として登場しているはずなのに、
読み進めるほど、
彼女こそが『源氏物語』の残酷な現実を暴き出しているように見えてくる。

そして、その現実を理解した玉鬘は、
少しずつ、少しずつ、
源氏の側へと心理的に追い込まれていく――。

篝火の煙は、夜空へ消えていきます。

次回予告 第28帖「野分」Chapter 28 Nowaki: Autumn Tempest

しかし、玉鬘をめぐる不穏な空気は、まったく消えません。

むしろここから、『源氏物語』はさらに危うく、さらに息苦しい方向へ加速していきます。

次回、第28帖「野分」 Chapter 28 Nowaki: An Autumn Tempest

嵐が吹き荒れるのは、果たして自然の営みとしてだけなのか。

六条院そのものを揺るがすような“不穏な風”が、ついに吹き始めます。

The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn を実際に読み進めながらこの記事を読んでいただけると一層楽しめると思います。

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