罪と罰2 第1部第2章—マルメラードフとの出会い ドストエフスキー英語訳比較読書会2

読書会

(AIが生成したイメージ画像を使用しています。)

【この記事には『罪と罰』第1部第2章のネタバレを含みます。】

Part 1 Chapter 2 ― ラスコーリニコフとマルメラードフの出会い

英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。

このブログでは、コウキ君と僕の『罪と罰』翻訳比較読書会の様子を紹介していきます。

『罪と罰』は英語訳で読むことによってその真の面白さがわかっていきますが、二つの英語訳を比較することで、それを立体的に明らかにしていきます。

僕が読んでいるのがこちら Crime and Punishment translated by Richard Pevear and Larissa Volokhonsky(ヴィンテージクラシックス)(P&V訳)

コウキ君が読んでいるのがこちら Crime and Punishment translated by David McDuff (ペンギンクラシックス)(マクダフ訳)

文ストでドストエフスキーに興味をもったけれど、『罪と罰』の面白さがいまいちわからない。

難しくて読み進めることができない。

この記事は、そんな皆様が、楽しく、『罪と罰』を—英語訳にしろ日本語訳にしろ—読み進めるための道しるべになります。

ぜひ、このブログにあわせて自分でも読み進めてみてください。

なお、どうしても日本語訳で読みたいという皆様には、

豊富な注釈で原文の雰囲気をイメージしやすい、江川卓訳(岩波文庫)をおすすめします。

前回の振り返りと第1部第2章のあらすじ

前回のPart 1 Chapter 1では、ペテルブルクの蒸し暑い空気の中、主人公ラスコーリニコフの異常な精神状態が垣間見えていました。

(前回の記事はこちら)

罪と罰1 第1部第1章―英語訳比較の進め方、冒頭の場面、主人公について―ドストエフスキー英語訳比較読書会1 
ドストエフスキー英語訳比較読書会最初の検討図書『罪と罰』の導入と第1回の議論。英語訳で読み進めるコツ、冒頭の場面やラスコーリニコフの内面に関する表現の英語訳比較。ヒデとコウキの議論を通じて紹介。

金貸しの老婆との不快なやりとり。

「何か恐ろしいこと」を胸の奥に秘めている青年ラスコーリニコフ。

今回検討するPart 1 Chapter 2では、その重苦しい世界に、忘れがたい人物が登場します。

マルメラードフです。

ラスコーリニコフは、居酒屋で退役官吏マルメラードフとの印象的な出会い果たします。

突如始まる、異様なまでに熱を帯びたマルメラードフによる独白。
『罪と罰』の中でも特に有名な場面の一つであり、この作品の宗教性・罪・自己破壊衝動を象徴する重要な章となっています。

マルメラードフは極貧の状態で妻と子供を抱えながら、身勝手な哲学によって、家族にとって大切なお金で飲んだくれています。

ラスコーリニコフは、マルメラードフに対し、Chapter 1 で金貸しの老女に示していた不穏な空気とは打って変わって、同情的な態度を示します。

マルメラードフの家族と出会ったのち思いがけない行動にでます。

コウキ君の気になるポイント1:マルメラードフによるPoverty と Destitutionの説明

ヒデ:Chapter 2 では、コウキ君が気になった箇所から検討していきます。コウキ君はマルメラードフがかなり気になったようですね。

彼にどのような印象をもっていますか?

コウキ:マルメラードフは家族の大事な品まで質に入れて飲んだくれているので、人間として失格だというのが第一印象でした。

しかし、読み進めてみると、彼も、彼なりに相当苦しんでおり、どこか同情を誘うようなキャラクターだと思うようになりました。

とはいえ、初対面のラスコーリニコフに自分の窮状をいきなり訴えだすのは普通ではなさそうですね。

ヒデ:僕は、マルメラードフというキャラクターにどこか憎めない親しみを感じてしまいます。

まあ、一読者だからいえることですが。家族からしたらとんでもない父親でしょう。

しかし、このとんでもない父親の娘が、『罪と罰』における極めて重要なヒロイン、ソーニャなのです。

このような父が、ソーニャにとってどのような存在なのか、今後が気になっていきますね。

では、コウキ君が気になったという箇所について2つの英語訳を引用します。

まずは、マルメラードフがラスコーリニコフに対し、自らの飲んだくれぶりを正当化しようとする非常に印象的な演説をした場面です。

コウキ君の読んでいる Crime and Punishment マクダフ訳

‘My dear respected sir,’ he began with almost ceremonial formality, ‘poverty is not a sin ー that is a true saying. I know that drunkenness is not a virtue, either, and that’s an even truer saying. But destitution, dear sir, destitution ー that is a sin. When a man is poor he may still preserve the nobility of his inborn feelings, but when he’s destitute he never ever can. If a man’s destitute he isn’t even driven out with a stick, he’s swept out of human society with a broom, to make it as insulting as possible; I’m the first to insult myself. Hence the beverage!

これに対し、ヒデの読んでいるP&V訳。

“My dear sir,” he began almost solemnly, “poverty is no vice, that is the truth. I know that drunkenness is also no virtue, and that is even more so. But destitution, my dear sir, destitution is a vice, sir. In poverty you may still preserve the nobility of your inborn feelings, but in destitution no one ever does. For destitution one does not even get driven out of human company with a stick; one is swept out with broom, to make it more insulting; and justly so, for in destitution I am the first to insult myself. Hence the drinking!

コウキ君の意見 :マルメラードフの意見には意外と共感できる

コウキ:自分は、マルメラードフによる、poverty (貧しさ)が悪いことではないという、意見に共感を覚えます。たしかに、経済にしろ、スポーツ・芸術にしろ、成功者の多くは、幼いころに「貧しさ」を経験し、その経験を経て成功に至っているように思うのです。

一方、destitution は、人としての尊厳を維持できないほどの「困窮」であり、destitution のなかにあるからマルメラードフは飲んだくれるといいます。

Poverty と destitution の違いはいったい何なのでしょうか?

ヒデの意見:マルメラードフを通じた鋭いテーマ設定

ヒデ:マルメラードフの発言は非常に興味深いです。

poverty(貧しさ) と destitution(困窮)の違いは、『罪と罰』におけるメインテーマと捉えることが出来そうです。

この部分は英語訳で読み、英単語を比較することで非常にわかりやすく読むことができます。

“poverty” は一般的な「貧しさ」。

洋書でよく見かける英単語ですね。テストに出るかもしれせん!
マルメラードフによれば、人間としての尊厳はまだ保たれている状態です。

一方、“destitution” はもっと深刻です。

英単語として洋書に出現する頻度は少ない、難しい単語と言えるかもしれません。

英英辞書の説明を見てみましょう。

destitution:

poverty so extreme that one lacks the means to provide for oneself. 

「so extreme」な貧しさという意味であることがわかり、マルメラードフの発言の真意と合致した単語ですね。

辞書的な説明に加え、マルメラードフはそこに、

  • 人間扱いされない状態
  • 尊厳の崩壊

までの意味を込めているのです。

つまりマルメラードフは、

「貧乏だから苦しい」のではなく、
「人間として扱われなくなること」が本当に恐ろしい、

「だから飲んだくれるのだ」

と言っているのです。

これは19世紀ロシアだけの話ではなく、現代にも通じる非常に鋭いテーマだと思います。

とはいえ、相当身勝手ですね。

邪悪をあらわすsinとviceの違い

コウキ:英語訳の違いとしては、マクダフ訳が sin を、P&V訳が vice を用いていた点も気になりました。

ヒデ:いずれも邪悪さを示す単語ですが、そのニュアンスの違いは難しいですね。

まず、英英辞書の説明を確認しましょう。

Sin: an immoral act considered to be a transgression against divine law. 

Vice: immoral or wicked behavior. 

Sinの方が宗教的な邪悪さを込めた言葉のように感じます。

マクダフとP&Vによるそれぞれの単語へのこだわりは重要なので、もう少し物語が進んだ後に改めて検討したいとおもいます。

コウキ君の気になるポイント2:マルメラードフは十字架にかけられるべき?

コウキ:次に自分が気になったのは、Chapter 2 における居酒屋の場面の終盤、マルメラードフの演説がもうすぐ終わる場面です。

マクダフ訳

‘Why should anyone feel pity for me, you say? Indeed! There’s nothing to pity me for! I ought to be crucified, crucified upon a cross, not pitied! Crucify him, O Heavenly Judge, crucify him and, when it is done, take pity on him! And then I myself will come to thee for mortification, for it is not merrymaking that I seek, but sorrow and tears!…

P&V訳

“Why pity me, you say? Yes! There’s nothing to pity me for! I ought to be crucified, crucified on a cross, and not pitied! But crucify, O judge, crucify, and having crucified, pity the man! And then I myself will come to you to be crucified, for I thirst not for joy, but for sorrow and tears! …

コウキ:マルメラードフは、自分は十字架にかけられるべきだとして、あたかも、自分の罪に対する罰を求めているようです。

ヒデ:マルメラードフは自分が飲んだくれることをさんざん正当化していたところで、自分をあわれむなと言い、自分は十字架にかけられるべきだと言います。

ここのキーワードはcrucify(十字架にかけられる)です。キリスト教世界の洋書にはしばしば登場する英単語ですが、試験には出ません!

英英辞書の説明を確認します。

crucify:

put (someone) to death by nailing or binding them to a cross, especially as an ancient punishment. 

これによって、宗教的な観点から、罪と罰とは何かという問題が提起されているように感じます。

飲んだくれのセリフなんですけどね。

ヒデの気になるポイント:ラスコーリニコフの二面性

ヒデ:僕が気になったのは、居酒屋から場面が変わり、ラスコーリニコフが、飲んだくれたマルメラードフをマルメラードフ宅に連れ帰って、その家族の悲惨な状況を目にしたのち、そこから立ち去ろうとする場面です。

ラスコーリニコフが意外な行動に出ます。

ヒデの読んでいるP&V訳。

As he was leaving, Raskolnikov managed to thrust his hand into his pocket, rake up whatever coppers he happened to find from the rouble he had changed in the pot house, and put them unobserved on the windowsill.

コウキ君の読んでいるマクダフ訳。

As he left, Raskolnikov had time to stick his hand in his pocket, scoop out of it the copper change from the rouble he had spent in the drinking den, and place it unobtrusively on the windowsill.

ヒデの疑問

ヒデ:なぜ、ラスコーリニコフはわずかしか持たないお金を置いていったのでしょうか。

Chapter 1 の不穏で不快な雰囲気とは対照的な行動です。

ラスコーリニコフは何か良からぬことを考えていたはず。

しかし、一方で、衝動的に他人に同情する。

この“衝動的な compassion(同情)”は、『罪と罰』全体を通じて何度も現れます。

彼は頭では冷酷な思想を抱えていても、感情のレベルでは他人の苦痛に強く反応してしまう。

つまりラスコーリニコフは、

  • 冷酷な思想
  • 強烈な共感性

を同時に抱えている、極めて矛盾した人物と思えるのです。

この矛盾こそが、『罪と罰』を単なる犯罪小説ではなく、巨大な心理小説にしているのだと思います。

コウキ君の意見 太宰治作品に通じる面白さ

コウキ:ラスコーリニコフには、太宰治の『人間失格』の主人公が有するような二面性があると感じました。

ヒデさんご指摘の通り、ラスコーリニコフは強烈な矛盾を抱えた人物だと思います。

今考えていることと次の瞬間に実行していることが正反対だというのは物語中に何度もあります。

また、常に自己否定に苛まれて、孤独で、人間嫌いなのかと思ば、どこか人間を諦めきれないようなところが見えたりします。

『人間失格』の主人公の大葉葉蔵もラスコーリニコフに似ていて、常に自分を否定し、世の中に絶望しているにも関わらず、人間との縁を切ることができないというジレンマを抱えています。

『罪と罰』も『人間失格』も、主人公が二面性を持っており、常に矛盾を抱えているという点で似ていると思います。

しかも彼らは、その矛盾を自分でも制御できていない。

ラスコーリニコフの有するこの不安定さが、『罪と罰』の異様な緊張感を生み出している気がします。

二つの英語訳の印象

ヒデ:マクダフ訳は、さすがペンギンクラシックスだけあって、非常に自然で読みやすく、感情の流れが滑らかに感じます。

一方P&V訳は、ロシア語のぎこちなさや反復をかなり残しているように感じます。

例えば、

  • “destitution, my dear sir, destitution”
  • “crucify, O judge, crucify”

などの反復表現。

P&V訳では、マルメラードフの「異様な熱っぽさ」がむき出しになっています。

読みやすさならマクダフ。

ドストエフスキーの生み出すキャラクターたちの、“生々しい奇妙さ”を味わうならP&V。

どちらがお好みに合うでしょうか。

まとめ

Part 1 Chapter 2では、マルメラードフという強烈な人物を通じて、

  • 貧困と尊厳
  • 罪と罰

という、この小説の核心的テーマが一気に提示されました。

ここまでわずか2章ですが、何より印象的なのは、ドストエフスキーが「立派な人間」を描こうとしていないこと。

むしろ、

  • 弱く
  • 醜く
  • 自己矛盾し
  • 自分を破壊してしまう

そういう人間を、異様な熱量で描いています。

だからこそ、『罪と罰』は今なお圧倒的に面白いのだと思います。

次回予告Part 1 Chapter 3

次回、ラスコーリニコフの家族――

母プリヘーリヤからの手紙が登場します。

ここで一気に、

  • ラスコーリニコフの家族観
  • プライド
  • 女性観
  • 自己犠牲への嫌悪

が浮かび上がってきます。

そして、僕の愛するキャラクターであり、四大小説中最も魅力的なヒロイン、ラスコーリニコフの妹ドゥーニャについて語られることになります。

僕たち読者は次第に気づき始めます。

ラスコーリニコフが抱えている「何か恐ろしい考え」が、単なる空想では済まないことに。

文豪ストレイドッグスでドストエフスキーに興味を持った皆様も、Kindleで今すぐ読める、

P&V訳

マクダフ訳

を読みながらこのブログ記事をよんでいただければなお一層楽しめると思います。

どうしても日本語訳で『罪と罰』を読むのであれば、

誠実な翻訳で注釈が豊富な、江川卓訳(岩波文庫)をおすすめします。

文ストにおけるドストエフスキー、『罪と罰』の理解も一層深まると思います。

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