(AIで生成したイメージ画像を使用しています。)
英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。
僕と、ヒナさんが読んでいるのはこちら。デニス・ウォッシュバーンによる『源氏物語』英語訳
The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn
前回の記事では、第27帖「篝火」Chapter 27 Kagaribi: Cresset Fires における、玉鬘と源氏の和歌のやり取り、近江の君の存在意義を検討しました。

玉鬘十帖は、表面的には、華やかな恋愛物語として読むこともできます。
しかし同時に、源氏が、権力のさらなる高みを目指し、周囲の女性たちを自らの権力欲を満たすために利用していく物語として読むと、その恐ろしさが際立っていきます。
今回扱う第28帖「野分」Chapter 28 Nowaki: An Autumn Tempest は、これまでと異なる視点が提供されます。
源氏の息子――夕霧が、中心的な役割を果たし、女性たちの姿を垣間見ます。
夕霧の視点から、源氏の行動はどのように映るのか。
第28帖「野分」では、これまでの源氏と玉鬘の複雑な関係が新たな視点から語られることになるのです。
タイトルの「野分」とは、秋に吹き荒れる激しい嵐、すなわち台風です。
六条院を襲う暴風は、単なる自然描写ではなく、人々の感情や運命そのものを揺さぶる象徴と思えます。
メンバー紹介
ヒデ:源氏物語を「権力と欲望」という視点から読み解く。
男性。社会人になってから、英語を通じて源氏物語の面白さに気が付く。
イケメン、モテる男を敵視しており、源氏に対する極めて強い嫌悪感が読解の根底にあって、源氏に対する敵意に満ちた偏った解釈をしがち。
あらゆる凶事の原因を源氏と考え、ついには、近江の君を源氏の頭中将に対する刺客と考えるに至る。
源氏物語は、デニス・ウォッシュバーン訳しか読んでいない。原文はもちろん、現代日本語訳を参照する気はない。
ヒナ:源氏物語を「孤独と儚さ」という視点から読み解く。
女性。小学生の頃から源氏物語を愛好。
源氏物語のイメージが、漫画『あさきゆめみし』、与謝野晶子・瀬戸内寂聴現代日本語訳、宝塚により、清く・正しく・美しく形成されており、源氏に極めて好意的。
イケメンなら何をやっても許されるという観点から、源氏の行動について全力で善意解釈しようとする。
和歌や色彩、音楽、表現技法など、美的・文学的観点から繊細に読み解く。
女性心理に対する深い洞察が特徴。
ヒデの示す源氏への憎悪に満ちた極端な解釈になかば呆れながら、源氏を擁護しつつ、ヒデを「極論主義者」と呼ぶ。
デニス・ウォッシュバーン訳に加え原文も読んでいる。
ロキ:源氏物語を、従来型シンデレラストーリーへのアンチテーゼとして読み解く。
女性。高校生の頃から源氏物語愛好。入口は漫画『あさきゆめみし』。
テキストを客観的・論理的に分析することを好み、源氏の行動に対しては比較的中立的な立場から評価を加える。
特定の登場人物への肩入れをしない冷徹な視点による分析が特徴。
源氏物語英語訳読書会に、原文、谷崎潤一郎訳、林望訳を携えて参戦(……あれ、英語は?)。
第28帖「野分」あらすじ
源氏36歳の年の8月。紫の上28歳、玉鬘22歳、夕霧(Genji’s son)15歳。
六条院を秋の野分――激しい台風が襲う。
強風によって御簾や障子が乱れ、普段は厳重に隔てられている女性たちの姿が、思いがけず露わになっていく。
15歳の夕霧は、嵐の混乱の中で、紫の上や玉鬘の姿を垣間見る。
紫の上の美しさを初めて目の当たりにし、深く心を動かされる。
夕霧は六条院の姫君たちについて、花にたとえて論評する。
源氏は、六条院の姫君たちを見舞う。
夕霧は源氏と玉鬘の父娘とは思えない異常な関係を目の当たりにし仰天する。
夕霧による六条院の女性たちの評価
ヒナ:「野分」帖においては、夕霧の視点を通じた六条院の姫君たちの評価、その表現が各姫君を象徴していて興味深いと思います。

Lady Murasaki(紫の上)
There could be no mistake about it… the woman he was looking at was Her refined grace and radiant beauty put him in mind of a cherry tree off in the mountains, its wild profusion of blossoms dimly visible through the mists of a spring dawn. Her gentle allure was like a fragrance that seemed, almost cruelly, to waft over his face as he stared at her in hopeless longing. She was more splendid than any woman he had ever seen before.
(ものに紛るべくもあらず、気高くきよらに、さとにほふ心地して、春のあけぼのの霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。あぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり。)
平安時代も花といえば桜、「春はあけぼの」です。
まさに紫の上は、
the queen of flowers, blooming at the most perfect moment
といった趣です。
15歳の夕霧から見ても紫の上は最上級の評価になるのです。
また、参考までに、夕霧が紫の上を垣間見た場面は、第5帖「若紫」で、源氏が若紫を見た時と表現が類似しています。
源氏が若紫をはじめて見た時の評価:
She didn’t look like the other girls at all; her features were so attractive that Genji could tell at once that she would grow up to be a woman of surpassing beauty.
ーFrom Chapter 5 Wakamurasaki : Little Purple Gromwell
(あまた見えつる子どもに、似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり)
源氏は、第5帖「若紫」で幼少の紫の上(若紫)を山桜に例えた和歌を詠んでいました。
源氏が若紫を山桜に例えた和歌:
The vision of the mountain cherry
Continues lingering inside me
Though I left my feelings there with you
ーFrom Chapter 5 Wakamurasaki : Little Purple Gromwell
(面影は身をも離れず山桜 心の限りとめて来しかど)
紫の上は常に桜にたとえられているのが印象的です。
Tamakazura(玉鬘)
She was not quite as perfect as Murasaki, the woman he had glimpsed for the first time yesterday, but anyone who saw her would have to smile, since her beauty was certainly of an order comparable to Murasaki’s. As he gazed at Tamakazura, he was suddenly put in mind of mountain roses at their peak, blooming in wild profusion, covered in dew and glowing in the twilight.
(昨日見し御けはひには、け劣りたれど、見るに笑まるるさまは、立ちも並びぬべく見ゆる。八重山吹の咲き乱れたる盛りに、露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる。)
第22帖「玉鬘」における衣配りでも源氏は玉鬘に山吹色をチョイスしていました。
夕霧の視点からも、玉鬘は、ゴージャス、明るい、華やかな一方、上品さ、可憐さは紫の上に劣る印象です。
Akashi Princess(明石の姫君)
夕霧は異母妹にあたる明石の姫君について、内心で次のように評価しています。
She’s like a cluster of wisteria blooms. Yes … her beauty is identical to that of wisteria blooms hanging from a tall tree, swaying in a gentle breeze.
(これは藤の花とやいふべからむ。木高き木より咲きかかりて、風になびきたるにほひは、かくぞあるかし)
夕霧の目から見ても明石の姫君は高貴な印象です。
将来高貴な身分(中宮)になることが暗示されていると感じます。
(おまけ)Hanachirusato(花散里)
With someone like her as his companion, how could my father count Hanachirusato as one of his wives? Ahh, I feel sorry for her… in no way can she be can be compared to Murasaki. It occurred to him just then how gracious his father was for being so loyal to Hanachirusato.
(いかで東の御方、さるものの数にて立ち並びたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし…大臣の御心ばへを、ありがたしと思ひ知りたまふ。)
夕霧にとって花散里は育ての親、母親代わりの存在です。
そんな花散里に対して、このような評価をするとは、夕霧はひどいなという気持ちになります。
夕霧からこのような評価を受けた花散る里ですが、私は、六条院で最も幸せで平穏に暮らしていたのは花散里ではないかと思います。
ロキ:私もそう思うし、私は花散里のことが結構好き。特に、夕霧に対する大人な姿勢は素晴らしいと思う。
紫の上や明石の上は何かと波乱に巻き込まれているし、玉鬘の苦境は見てのとおり。
それに比べて、花散里は、美しさや、源氏からの寵愛では一歩劣るかもしれないけれど、夕霧を育て、穏やかに生活しており、とても満ち足りているようにみえる。
夕霧の失礼な態度からは、夕霧が若く思慮が足りないことがわかる。
ヒナさんによる、花や色彩に注目した情緒豊かな読解はさすがですね。
ヒデとは大違いだな!
夕霧15歳、男の視点
ヒデ:ロキさんによる手厳しい批判にもかかわらず、僕は、あくまで、下世話な観点から「野分」帖を検討していきます。
まず感じるのは、源氏と夕霧の関係性がおかしいことです。
次の表現を見てください。源氏は、夕霧が紫の上を目にしないように普段気をつかっていたことがわかります。
His father had always kept him far away from her, knowing that her beauty could not help but stir the passions of any man with eyes to see, and he realized how prudent his father was to keep her hidden.
源氏の夕霧に対する感情が露骨に説明されています。
源氏物語を愛好する皆様ご承知のとおり、
源氏は、17歳で、人妻である空蝉に迫り(第3帖「空蝉」)、若紫を誘拐し、父桐壺帝の正妻藤壺を寝取ったのです(第5帖「若紫」参照)。
このような源氏であれば、15歳の夕霧に同様の危険があることは百も承知で、その対策をとっていたと思われるのです。

ヒナ:夕霧が紫の上を垣間見た後の行動は、比較的律儀です。
He wanted to continue observing them, but the shutters along the passageway were rattling in the wind, and his own position was exposed to view, so he withdrew lest he be spotted. He walked out toward the veranda, cleared his throat, and signaled his presence, as though he had just arrived.
夕霧は紫の上の美しさを目の当たりにしたのち、すぐにひきさがり、咳ばらいをして自らの到着を知らせています。
理性的で常識的な行動であり、源氏と紫の上を父と義母だからと配慮したことがうかがわれます。
源氏物語には、15歳の源氏についての描写はありませんが、17歳にして上記のような行動にでていた源氏に比較すると律儀すぎてつまらいと思います。
ヒデ:「野分」帖、最大のハイライトは、なんといっても夕霧が源氏と玉鬘の様子を見て仰天した場面です。
上記の夕霧による玉鬘評の直前の場面です。
What he saw, however, disturbed him–there was his father blatantly flirting with Tamakazura!
夕霧の混乱した様子が非常に面白いと思います。
「blatantly」はあけっぴろげに何の恥じらいもなくという意味の英単語です。正直、英単語の難易度としてはめちゃくちゃ高いですが、この文章一発で記憶に定着しますね(笑)。
「flirting」は洋書ではしばしば見かける単語で、イチャイチャしていることを示します。
対外的には、父と娘ということになっている源氏と玉鬘。
僕たち読者はずっと、「これはおかしいだろ!」と思っていたのですが、僕たち読者と同じリアクションをしてくれる登場人物がこれまでいなかったことにモヤモヤしていました。
ようやく夕霧が読者と同様、至極まっとうなリアクションをしてくれたと言えます。
1000年前にもまっとうなリアクションができる人がいてうれしいです。
ロキ:つまり、夕霧は普通ってことですね!
ヒナ:夕霧は結局、ここでも「姉だから」(実は姉ではない)という理由で理性的に行動しています。源氏であれば、この秘密を知ったうえで、さらに大胆な行動をとったことでしょう。
玉鬘と源氏の関係の変化
ヒナ:私が注目したのは、玉鬘と源氏の関係性の変化を示す和歌の応答です。
玉鬘と源氏の親密さが増していますが、微妙な関係が続いています。
次の和歌を見てください。
玉鬘:
In the face of unruly winds
The maidenflower surely knows
That she will soon wither away
(吹き乱る風のけしきに女郎花 しをれしぬべき心地こそすれ)
the maidenflower(女郎花)=玉鬘
(女郎花は、和歌における女性の代名詞。秋の七草の1つ。ちょうど野分のシーズンに咲いていそう)
winds(風)=源氏
玉鬘は、野分の風に打ち負かされる女郎花を源氏のせいで辛い思いをしている自分に重ね合わせています。
これに対する源氏の返歌がこれです。
源氏:
If only the maidenflower would yield
To the gentle dew that drops from the tree
She would not wither in rough autumn winds
(下露になびかましかば女郎花 荒き風にはしをれざらまし)
the gentle dew(下露)=源氏
源氏は、露になびいていたら女郎花は風にも負けないのにね、と玉鬘の「風=源氏」を「風=野分の風」に変換したうえ、自分をdewになぞらえて応じています。
つまり、源氏は、自分になびけば辛い想いなんてしないよ、と返答しているのです。
また、英語では女郎花が”it“ではなく”she”と訳されているのが印象的です。
原文の和歌だと野分の風景と玉鬘・源氏の関係が完全にパラレルになっているように感じます。
一方、英語訳では、女郎花をsheと訳すことによって、和歌中で野分の風景と玉鬘・源氏の関係がblendされている(わかりやすくなっている)印象を受けます。
ロキ:ヒナさんの和歌に関する分析はさすがです。
夕霧と源氏の対比
ヒナ:15歳の夕霧の生真面目、女慣れしていない様子が若かりし頃の源氏とは対照的だと思います。
次の夕霧から雲居雁への和歌を見てください。夕霧が明石の姫君の部屋で、雲居雁に宛てた手紙を書く場面から、和歌に苅萱(かりかや)を添える場面までを引用します。
He went ahead and composed his note on the thin, purple-tinted paper. He carefully rubbed the inkstone, examined the tip of his brush, and wrote with great deliberation, pausing now and then as if in thought. All in all, he cut a magnificent figure―unfortunately, the poem he produced was oddly formulaic, almost like an academic exercise, and thus not much to boast about:
Even last night with the tempest raging
And dark clouds swirling madly through the skies
I might have forgotten you, but did not
(風騒ぎむら雲まがふ 夕べにも忘るる間なく忘られぬ君)
He attached the letter to a tufted stalk of thatch grass that had been blown about by the storm. The ladies told him, “The Lesser Captain of Takano would have made sure the paper and plant were a proper match!”
夕霧の作った雲居雁への和歌は、作者からも型にハマったつまらない和歌と評され、女房からも文と植物の組み合わせが微妙だとからかわれています。
一方、ウォッシュバーン英語訳注釈によると苅萱(かりかや)を選んだのは、
Sober though I am, my reputation does not rise in the world… how I long to lie with you in passionate abandon, like thatch reed blown wildly in the wind
まめなれどよき名も立たず刈萱のいざ乱れなむしどろもどろに(古今和歌六帖)
を参考にしているとのこと。
Washburn訳では夕霧が女房のことを見下しているように説明がついています。
after all, they had no idea what the tatch grass alluded to
実際、夕霧はここまで考えていたのでしょうか?
ヒデ:ヒナさん、さすが細かいところに目が行き届いていますね。
苅萱(かりかや)について僕は何にも疑問を感じていませんでした(そもそもウォッシュバーン英語訳の注釈を読んでなかった)。
ですが、たしかに、夕霧の心情について英文はかなり踏み込んで説明している印象で、解釈の域を超えている気がします。
原文からここまで解釈できるのかは僕にはまったくわかりません。
ただ、夕霧が第21帖「少女」で学問を修めて高い評価を受けていたことや、(源氏に似て)自分に自信があるにもかかわらず低い官位に甘んじているコンプレックスがあったことからすれば、ここでは to remain aloof and high-minded という外見の内側で、the ladies を見下していたというのは自然なように感じます。
ロキさんによるまとめ:夕霧は「普通の人」代表?
ロキ:「野分」における情緒豊かな面に関するヒナさんの分析はさすがだと思う。
花の色彩や和歌の分析は大いに参考になった。
ヒデも源氏物語のこういうところをもっと学ぶべきだと思う。
「野分」帖の中心的視点であった夕霧については、とにかく普通の評価、普通の行動、普通のリアクションという印象だった。
夕霧を通じて、普通の人はこう感じ、こう反応するものだということを紫式部が示しているように感じる。
ヒデ:確かに。しかも、夕霧の普通さは1000年後の現代における普通の感覚と相通じるものがありますね。
次回予告 第29帖「行幸」Chapter 29 Miyuki: An Imperial Excursion
次回はいよいよ、第29帖「行幸」。
物語の舞台は、冷泉帝による華やかな大原野行幸(みゆき)に移ります。
しかし、その華麗な行幸の裏側では、
- 玉鬘をめぐる政治的思惑
- 源氏と頭中将との緊張関係
が妖しくうごめき、玉鬘の冷泉帝(実は源氏の息子)への出仕話へとつながります。
玉鬘十帖もいよいよ後半。
物語はさらに危険で、美しく、そして意外な展開をみせます。
2025年4月に実施された、ロキさんを初めてお迎えしての、第2回源氏物語英語訳読書会の議論はここまでです。
次回第29帖「行幸」からは、2025年5月に実施された第3回源氏物語英語訳読書会の議論をご紹介していきます。
ご期待ください。
The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn を実際に読み進めながらこの記事を読んでいただけると一層楽しめると思います。
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