(AIで生成したイメージ画像を使用しています。)
英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。
僕と、ヒナさんが読んでいるのはこちら。デニス・ウォッシュバーンによる『源氏物語』英語訳
The Tale of Genji tlanslated by Dennis Washburn
前回までは、2025年5月に実施された第2回源氏物語英語訳読書会の議論を紹介してきました。
第28帖「野分」は、若い夕霧(Genji’s son)の視点を通じて、六条院の姫君たちを花にたとえた情緒豊かな側面が印象的でした。
それとともに、源氏と玉鬘の父娘とは思えない異様な関係が、源氏の息子の視点(普通の感覚をもった視点)を通じて改めて浮き彫りになりました。
前回第28帖「野分」Chapter 28 Nowaki: An Autumn Tempest についての議論はこちら。

今回から、2025年6月に実施された第3回源氏物語英語訳読書会における、第29帖「行幸」、第30帖「藤袴」の議論を紹介していきます。
まずは、第29帖「行幸」。
源氏が突如として、玉鬘について重大な決断をし、急転直下、玉鬘の立場に大きな変化が訪れます。
源氏の狙いは一体何か。
引き続き僕、ヒナさん、ロキさんとの間で白熱の議論が展開されましたので、紹介していきます。
メンバー紹介
ヒデ(僕):源氏物語を「権力と欲望」という視点から読み解く
男性。社会人。
学生時代は源氏物語に全く興味を抱かなかったが、社会人になり、デニス・ウォッシュバーン英語訳『源氏物語』を読んで初めてその面白さに気が付く。
源氏物語は、デニス・ウォッシュバーン英語訳しか読んでいない。
日本語で源氏物語を読む気は一切ない(フランス語では読みたいと思っている)。
常に下世話な観点から源氏物語を解釈しており、露骨な表現をオブラートに包んでしまう日本語では、源氏物語の面白さに気が付くことはできないと確信している。
イケメン、モテる男を敵視しており、源氏に対する極めて強い嫌悪感が読解の根底にあって、源氏に対する敵意に満ちた偏った解釈をしがち。
夕霧(Genji’s son)が源氏と玉鬘の異様な関係に仰天したことにひそかに安心している。
ヒナ:源氏物語を「孤独と儚さ」という視点から読み解く
女性。第3回読書会当時大学院生。
圧倒的英語力。英語での読書量は他の追随を許さない。
小学生時代に瀬戸内寂聴現代日本語訳を読んでいたという伝説をもつ。
『あさきゆめみし』や宝塚により形成された、清く正しく美しい『源氏物語』が根底にある。
デニス・ウォッシュバーン訳に加え原文も読んでいる。
源氏に極めて好意的。イケメンなら何をやっても許されるという観点から、源氏の行動について全力で善意解釈しようとする。
ヒデに誘われ、デニス・ウォッシュバーン英語訳を読んだところ、源氏物語の英語による魅力を再発見するに至るが、英語の露骨な表現に喜ぶヒデに少し辟易している。
「野分」帖においても相変わらず情緒あふれる解釈を示した。
ヒデの示す源氏への憎悪に満ちた極端な解釈になかば呆れながら、ヒデを「極論主義者」と呼ぶ。
ロキ:源氏物語を、従来型シンデレラストーリーへのアンチテーゼとして読み解く
女性。ヒデの同業者であり、長年の読書友達。
高校生時代より『源氏物語』を愛好。
漫画『あさきゆめみし』のイメージがベースにあるものの、テキストを客観的・論理的に分析することを好み、源氏の行動に対しては比較的中立的な立場から評価を加える。
特定の登場人物への肩入れをしない冷徹な視点による分析が特徴。
ヒナの示す情感豊かな美しい解釈に好意的である一方、ヒデの示す下世話な視点からの極端な解釈に対し、嫌悪感を隠すことはない。
ヒデとヒナがいくら英語で議論を進めようとも、まったく動じることなく、的確に日本語で議論に介入し、論理的かつ説得的な解釈を導く。
原文、谷崎潤一郎訳、林望訳を携えて参戦(ヒデは、ロキに英語をすすめることをあきらめつつある)。
あらすじ
第23帖「初音」からはじまった源氏36歳の年もいよいよ12月(玉鬘の年)。
(玉鬘の年1月の様子については「初音」の記事を参照。)

「行幸」帖は、その12月から、源氏37歳の年の2月までの出来事が語られる。
玉鬘は22歳から23歳に、夕霧(Genji’s son)は、15歳から16歳になる。
12月、冷泉帝の大原野への行幸が行われ、玉鬘も見物に参加する(源氏は不参加)。
玉鬘は、源氏と瓜二つな冷泉帝(実は、源氏と藤壺の子)の比類ない素晴らしさに見惚れる。このとき、玉鬘は、初めて実の父、頭中将(内大臣 The Palace Minister)を目にする。
行幸の翌日、源氏は突如として、玉鬘に尚侍(ないしのかみ)としての出仕を勧めるとともに、頭中将に玉鬘の素性を明かすことを決意。
源氏は玉鬘の裳着(女子の成人の儀式)を出仕に先行させることを予定。
実父頭中将(当時内大臣)に腰結い(裳の紐を結ぶ役。通常、尊属が努める)を頼むが、玉鬘が実娘とは知らない頭中将は母大宮の病を口実に辞退する。
そこで源氏は自ら大宮の見舞いに参上し、頭中将との会談を求める。
大宮の下を訪れた頭中将は、久しぶりに源氏との再会を果たし、深夜まで語り合う。
玉鬘は、裳着の儀式において、実父頭中将との対面を果たす。
近江の君は玉鬘を羨んで、自らも尚侍を志願する。
「行幸」冒頭における源氏の葛藤。
ヒデ:源氏は、「行幸」冒頭でも、玉鬘に対する欲望で思い悩んでいます。
Thus, if Genji followed his desires and took the young woman for himself, her father would likely accept him as son-in-law without hesitation. The problem was that such an arrangement–having the Palace Minister as the father-in-law of the Chancellor–would engender outrage at the court and make Genji a laughingstock.
言うまでもありませんが、父と娘という関係では、男女の関係になるわけにはいきません。
源氏が玉鬘をものにするには、玉鬘が自分の娘ではないこと、つまり、頭中将の娘であること認める必要がある。
さらに、仮に、玉鬘と結婚するとなると、太政大臣である源氏が、内大臣である頭中将を義父と認めるしかない……
などと、本気で悩んでいるのです。
あいかわらず酷い内容だなと思います。
ところがです。
ヒナによる疑問:源氏はいつ玉鬘の尚侍出仕を決めた?
ヒナ:行幸の直後から玉鬘の帝への出仕の話が急に本格化します。
源氏も尚侍としての出仕を第一候補として考えだしています。
次の文を見てください。大原野行幸翌日、源氏が紫の上に語った内容です。
… the young lady has had a glimpse of His Majesty, I doubt if she would be all that reluctant to serve him intimately… of course, she cannot be too aloof.
(若人の、さも馴れ仕うまつらむに、憚る思ひなからむは、主上をほの見たてまつりて、えかけ離れて思ふはあらじ)
源氏は玉鬘が冷泉帝を見たら出仕したくなるとわかった上で、玉鬘を行幸に参加させたことがわかります。
実は、大原野行幸の前の時点で、玉鬘の尚侍出仕が決まっていたのでしょうか。

ロキによる状況整理
ロキ:たしかに、出仕の話がいかにも唐突だと感じる。
そこで、源氏が抱えていた葛藤について整理する。
- ①玉鬘と恋仲になることによる不都合
- 紫の上が怒る
- 他の女君や、お仕えする女房達がおもしろくなく思う
- 玉鬘には後ろ盾がないので、六条院の他の女君の権勢に競り負ける
- 頭中将(内大臣)に「源氏は自分の娘の玉鬘の婿だ」なんぞ言って天下に披露されたら、とんだ笑いものになる
- 身分がらには軽々しい浮名を流す
- ②玉鬘を蛍兵部卿の宮や髭黒の右大将の妻にすることによる不都合
- 他の男の妻になるのは気分的に嫌だ
- 髭黒の妻は紫の上の異母姉妹(源氏、紫の上との仲は悪い)なので嫌
- ③玉鬘が冷泉帝に出仕することによる不都合
- 源氏の娘として出仕しても、
- 頭中将の娘として出仕しても、
- 冷泉帝(実は自分の息子)のものとなり、嫌。
どの選択肢をとっても源氏にデメリットがある。
客観的に見れば②(有力候補へ嫁がせる)が無難。
頭中将も③(尚侍出仕)より②がいいと思っているけど、源氏が出仕させると決めたから口出しできない)。
源氏は、本能的に①(自分が恋仲になる)をとりたいと思っているが世間体が悪い。
②(有力候補へ嫁がせる)は気分的にぜったい嫌。
しかし①(自分が恋仲になる)を躊躇していればいずれ②になる。
だから、③(冷泉帝に出仕させる)でお茶を濁すことにしたということか??
ただ、トラブルが生じることが目に見えている。
また、頭中将への暴露は、出仕させる上で避けて通れないと考えたからだろうか。
ヒデによる検討
ヒデ:ヒナさん、ロキさん、ご指摘のとおり、「行幸」における玉鬘の出仕話、頭中将への暴露はあまりにも突然です。
源氏は、頭中将が、裳着の腰結いを、大宮の病を理由に断った後、
I must reveal her identity while Princess Ōmiya is alive.
として、玉鬘の身の上を明らかにしようと決意します。
なぜ、源氏は、ここで玉鬘の身の上を明らかにしようと考えたのか?
僕は、「行幸」の読解における最大の疑問はこれだと考えています。
いまさら、源氏が、縁起を気にするだとか、大宮を思いやるなどといったことを考えるはずがありません。
ここまで、神をも恐れぬ所業の数々を繰り広げてきた源氏であれば、当然、相当な打算があったはずです。
それを探っていきたいと思います。
ヒデ:まず、源氏の大宮に対する欺瞞に満ちた説明をみてください。
I have mistakenly taken charge of a young woman who really should be your son’s responsibility. I discovered her unintentionally, but at the time I found her, she and her attendants did not disabuse me of my misapprehension.
源氏は、「mistakenly」などとして、「間違えて、ついうっかり」玉鬘を引き取ったかのような話をします。
源氏の大宮に対する説明はあまりにも白々しいと思いませんか。
ヒナ:そうですね。源氏が「意図的に」玉鬘を娘として引き取り、夕顔と頭中将の娘として知りながらそれを隠していたことは明白でした。
ロキ:白々しいことは確かだな。
(ロキさん参戦前ですが、源氏が玉鬘を引き取った第22帖「玉鬘」はこちらを参照。)

ヒデ:大宮の反応は自然です。
… but how could it possibly happen that the young woman you’re talking about should have mistakenly believed she was your daughter?
「どうしてそんなことがあり得るんだ!?」という大宮の反応は僕たち読者含め、皆がそう思う、至極まっとうなリアクションです。
源氏もこれだけ白々しい言い訳を信じてもらえると思うほど、お人よしではないでしょう。
そうとすると、源氏は、大宮に対して、何か含むところがあり、暗に大宮に対して、何かを迫りたいと思っていたことがうかがわれるのです。
ヒデ:一方、源氏と頭中将は、これまで疎遠になっていました
A long time had passed since Tō no Chūjō had last seen Genji, and meeting him now brought back memories of events long ago.
これまでの記事でも指摘してきたとおり、僕は、源氏が玉鬘を自分の娘として引き取った理由の一端には頭中将に対する権力闘争があったと考えています。
源氏は頭中将の母大宮(最初の妻葵上の母でもあり、源氏の義母に当たる。)を使って頭中将との会談を設定しようとしていたのです。
これにより実現した頭中将と源氏の会談は深夜に及びました。
源氏と頭中将の間で、いったい、何が話し合われたのか。
ヒデ:僕は、源氏と頭中将の権力闘争に一定の決着がつき、両者が合意に至ったということではないかと思っています。
ヒナ:ここは、旧交を温めた場面であり、そのようなきな臭い権力闘争的場面ではないと思うのですが。
ヒデ:源氏にとって最も困るのは、頭中将の娘としての玉鬘が、冷泉帝の妃の一人として、冷泉帝の子を生むことです。
万一そのようなことになれば、頭中将が権力を握る足がかりになります。
そこで、玉鬘を頭中将の娘として、尚侍としてそれなりの地位につかせる一方、冷泉帝の妃の一人にしない(御子を産ませない)方策が定まったと思われるのです。
近江の君による突然の発言。
最後に、近江の君による尚侍出仕の希望です。
タイミングがよすぎる。
“Ahh, how wonderful for him. I wonder what she’s like … she must be special to have two important men looking after her. If you ask me, her mother was no more distinguished than mine.”
源氏の指示に従い、頭中将を頭領とする藤原家にダメージを与えるためにした発言と考えると自然だと感じます。
つまり、頭中将にじわじわダメージを与える存在です。
ヒナ:いやいや、ここの近江の君は、滑稽な演出を通じたコミカルな雰囲気を出すため以上の意味はないと思います。
ロキ:だから、ヒデの近江の君に関する解釈には、根拠が乏しすぎるって言ってるでしょ!
まとめ
第29帖「行幸」は、一見すると冷泉帝の華やかな大原野行幸や、玉鬘の裳着の儀式といった晴れやかな帖に思えます。
しかし、デニス・ウォッシュバーン英語訳で丁寧に読んでいくと、その裏側では、源氏と頭中将という二大権力者の思惑が、玉鬘の処遇を巡って、静かに、しかし、激しく交錯していることが浮かび上がります。
もちろん、ここで紹介した内容は一つの読み方にすぎません。
しかし、英語訳だからこそ見えてくる露骨な表現や人物同士の駆け引きを追っていくと、『源氏物語』は単なる恋愛文学ではなく、権力、家柄、政治、そして人間の欲望が複雑に絡み合う壮大な人間ドラマであることを改めて実感します。
だからこそ、僕は日本語だけで終わらせるのはもったいないと思っています。
デニス・ウォッシュバーン訳 The Tale of Genji は、人物たちの本心や人間関係が非常にわかりやすく描かれており、「源氏物語は難しい」と感じていた方にこそおすすめしたい英語訳です。
ぜひKindle版 The Tale of Genji を片手に、「行幸」を実際に読みながら、自分なら源氏の突然の行動変化をどう解釈するか考えてみてください。同じ文章を読んでいても、まったく異なる『源氏物語』が見えてくるはずです。
次回予告 第30帖「藤袴」Chapter 30 Fujibakama: Mistflowers
ついに明かされた玉鬘の出生。
その事実は、周囲の人間関係を一気に揺るがしていきます。
夕霧は、玉鬘が自分の異母妹ではないことを知り、これまでと異なる目で彼女を見つめ始めます。
一方、それまで熱心に玉鬘へ求婚していた柏木は、彼女が実の妹であると知ります。
夕霧と柏木の反応は。
そして、源氏が「行幸」で張り巡らせた布石は、果たしてどのような戦略を形作るのか。
次回の読書会では、第30帖「藤袴」を取り上げます。
登場人物たちの恋心や人間関係がさらに複雑に絡み合っていく。
ぜひKindle版 The Tale of Genji をご用意いただき、英語原文を一緒に読みながら、源氏の思惑とそれに翻弄される玉鬘の運命を見届けていきましょう。
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