(AIが生成したイメージ画像を使用しています。)
英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。
前回の記事では、なぜ、僕が、『源氏物語』を英語で読むなら、デニス・ウォッシュバーン(Dennis Washburn)の英語訳を強くおすすめし、アーサー・ウェイリーの役をおすすめしないのか、若干抽象的に、その全体像を紹介しました。

今回は、もっと具体的に踏み込みます。
なぜアーサー・ウェイリー(Arthur Waley)の英語訳ではなく、ウォッシュバーンなのか。
ウェイリー訳が歴史的に偉大な翻訳であることに異論はありません。
しかし、
「歴史的に偉大な翻訳」と「2026年現在、英語で『源氏物語』を楽しむために最適な翻訳」は、まったく別の話です。
今回は、『源氏物語』ウォッシュバーン英語訳読書会でおなじみのヒナさんに、無理を言ってウェイリー訳の第1帖「桐壺」を読んでいただきました。
そして、ヒナさんとの対話を通じて、
「英語として、実際どちらが読みやすいのか?」
を徹底的に比較していきます。
結論を先に言ってしまえば――
英語で『源氏物語』を読むならウォッシュバーンを選ぶべきです。
日本で最も有名な『源氏物語』英語訳――アーサー・ウェイリー版
1921年から1933年にかけて刊行されたウェイリー訳は、西洋世界に『源氏物語』を広めた歴史的翻訳です。
『源氏物語』が、
「日本の古典」から「世界文学」へ。
その評価を確立していく過程にウェイリー訳が果たした役割は、決して小さくありません。
その功績は疑いようがないでしょう。
しかし。
歴史的価値が高いことと、現在の読者にとって読みやすいことは別です。
特に英語多読として『源氏物語』を楽しもうとすると、ウェイリー訳にはかなり厳しいところがあります。
英語が古い。
単語が難解。
構文が複雑。
そして、何より――
『源氏物語』54帖全体を統一的な作品として味わおうとしたとき、ウェイリーの源氏物語に対する理解そのものに疑問がある。
――その一方、
ウォッシュバーンは、『源氏物語』の本質を深く理解し、紫式部の意図を尊重し、『源氏物語』を統一された一つの巨大な物語として見事に英語で再構築したうえ、現代における世界の読者がその面白さに気付けるよう、美しく洗練された表現をしているのです。
強力な助っ人ヒナさん
とはいえ、僕一人がこれを主張しても、正直、説得力がありません。
強力な助っ人をお願いしました。
ヒナさんです。
ヒナさんは、社会の最前線で活躍する専門職であり、最先端の研究に従事し、世界をまたにかけてお仕事をしながら、英語を使っていらっしゃる新進気鋭の研究者です。
今さら僕が「ヒナさんの英語力は圧倒的です」などと紹介するのもおこがましいくらいです。
もちろん、そんなヒナさんですから、超多忙な日々を送られているうえ、すでに、『源氏物語』ウォッシュバーン英語訳読書会と、スタイリッシュ英語読書会、2つの読書会にご参加いただいています。
(ヒナさんにご参加いただいている2つの読書会はこちら。)


そんな多忙を極めるヒナさんに、僕は、厚かましくも、さらに、お願いしました。
ヒデ:
ヒナさん、ちょっとウェイリー英語訳『源氏物語』、第1帖「桐壺」だけでも読んでみてもらえません?
ヒナ:
読書会でウォッシュバーンを読んでいるのにさらに別の英語訳を読むんですか?
ヒデ:
たいへん厚かましいとは思うのですが、ウェイリー英語訳の問題点を一緒に明らかにしてほしいのです。
ヒナ:
……なぜ?
ヒデ:
日本においては、『源氏物語』英語訳と言えばウェイリーという風潮があり、僕が、ウォッシュバーンをおすすめしてもなかなか信じてもらえないのです。
しかし、『源氏物語』の本質に迫り、これを徹底的に掘り下げて楽しむという観点からは、ウォッシュバーン英語訳を読むべきだと思うのです。
ヒナ:
私は、ヒデとの読書会を通じて、ウォッシュバーン英語訳を読み、非常に楽しんでいます。
(ヒナさんのウォッシュバーン英語訳を通じた『源氏物語』のとらえ方についてはこちらを参照。)

他の人がウォッシュバーン英語訳を読もうが読むまいが私には関係ないです。
ウェイリーを読みたい人は、自由に読めばいいのではないですか?
ヒデ:
まったくもっともなご指摘です。
ただ、問題なのは、日本人の多くが、ウェイリーの英語を実際には読まず、その歴史的経緯だけをみて、これを英語訳の決定版と評価している疑いがあることなのです。
そのような態度では、英語を通じて『源氏物語』を楽しむことは、決して、できないです。
ヒナ:
それは、自ら英文を読んで検証しようとしない日本人の問題であって、私には関係ないですよね。
私はもともと『源氏物語』が好きでしたし、おかげさまでウォッシュバーンを通じて『源氏物語』の魅力を再発見し、その面白さを相当深く理解しているつもりです。
ウェイリーしか知らず、ウォッシュバーンの面白さに気が付かないのは、自己責任だと思いますが。
それに、私、仕事で、すごく忙しんですけど……
ヒデ:
お忙しいのは重々承知してます。
でも、僕は、もっと多くの人に、ウォッシュバーンの魅力に気が付いてもらいたいのです。
そのためにはヒナさんの力が必要なのです!
(実は、自分でウェイリー訳を読むのが辛い……)
ヒナ:
……仕方ないですね。じゃあ、ウェイリー訳の第1帖「桐壺」だけ読んでみます。
――そして。
ヒナ:
え、これ、ホントに読みにくいですね……
――ということで、僕は、ヒナさんを強引に巻き込みながら、ウェイリー訳の問題点を明らかにし、ウォッシュバーン英語訳を読むべき理由を検討することにしていったのです。
まず目次がおかしい――なぜ『源氏物語』を6つに分ける?
ヒデ:
ウェイリー訳を見ると、まず気になるのが全体の構成です。
まず、目次を引用しますので、こちらをご覧ください。


ウェイリー訳は全体を6つのPartに分けています。
しかし、この分け方がよくわかりません。
紫式部は『源氏物語』を区分していない
そもそも『源氏物語』54帖には、現代の小説のような明確な「第1部」「第2部」という区分が紫式部によって設定されているわけではありません。
もちろん後世の研究や読解では、さまざまな区分が提案されています。
たとえば、第34帖「若菜・上」以後を第二部と考える読み方。
あるいは、源氏亡き後の第42帖「匂宮」以後を大きく区別して読む方法。
これらは理解できます。
作品内容を分析するための読者側の解釈として一定の合理性があるからです。
しかし僕は個人的に、できるだけ『源氏物語』を、統一的思想に基づき構成された、54帖連続した一つの巨大な物語として読みたい。
なぜなら、何十帖も前に置かれた出来事が、忘れた頃になって別の形で響いてくる。
源氏生前のエピソードが、源氏の死後の因果として姿を現す。
などといったことが多々あると感じているからです。
「ここから第2部です」
と第三者に線を引かれてしまうより、
どことどこがつながっているのかを自分で発見することこそ、『源氏物語』を読む醍醐味なのです。
ウェイリーの区分は『源氏物語』読解上不適切
そしてウェイリー訳目次を見ると、さらに不思議なことが起こります。
第28帖「野分」The Typhoonと、第29帖「行幸」The Royal Visitの間にもPartの区切りがあります。
ヒナ:
「野分」と「行幸」は、いわゆる「玉鬘十帖」を構成する帖であって、明らかに連続性がありますよね。


ヒデ:
そうなんです。玉鬘十帖を読んでいたら、ここを分断する発想が僕には全然わからない。
「野分」において夕霧の視点で垣間見られた玉鬘をめぐる状況。
「行幸」における源氏の玉鬘に対する方針転換。
少なくとも僕たちの読書会では、ここは連続した物語として非常に面白く検討しました。
さらに不可解なのが、第49帖「宿木」The Mistletoe。
これがPart 5とPart 6にまたがっています。
ヒナ:
同じ帖を途中でPart分けしているんですか?
ヒデ:
そうなんです。
ヒナ:
……それは、内容上の区切りではありえませんね。
ヒデ:
はい。
ですから、ウェイリーの区切りは、読解の助けにならないどころか、読者に意味不明な区切りを生じさせるという、極めて不適切な区切りだと思います。
各Part タイトルもおかしい
ヒデ:
そして各Partのタイトルもおかしいです。
Part 1だけが、
The Tale of Genji
と題されている。これについて、僕はかなりミスリーディングだと思います。
『源氏物語』はPart 1だけではありません。
54帖全体がThe Tale of Genjiです。
さらに各Partのタイトルにも疑問があります。
たとえばPart 4には、あの「若菜」が含まれています。
『源氏物語』全体でも最大のクライマックスとなる帖で、読書会でも大変な議論がなされました。
ヒナ:
読書会はすごかったですね。
盛り上がり過ぎて、第34帖「若菜・上」、第35帖「若菜・下」の2帖を検討するのに、2025年の夏から冬にかけて、5回分の読書会を費やしました。
ヒデ:
そうでした。とても楽しかったです。
ちなみに、通常、1回の読書会は3時間程度を要し、普通の長さの帖であれば2~3帖は検討します。
……それを5回分使った、あの「若菜」なのです。
にもかかわらず、「若菜」をPartタイトルにはしない。
一方で、
Blue Trousers(第30帖「藤袴」)
がPartタイトルになる。
ヒナ:
Blue Trousers……
ヒデ:
響きはかっこいいですよね。
ヒナ:
響きだけですね。しかも、このタイトル、本来は、花を示していて、ズボン(Trousers)ではないんですけど……
ヒデ:
訳としても不正確ですし、区切を示す帖のタイトルとしても無意味と言うしかないです。
少なくとも僕には、有意義なタイトルには見えません。
翻訳刊行の都合と響きのカッコよさしか理由はないと感じてしまいます。
つまり、読解には何の役にも立たない区切りだということです。
そして第38帖「鈴虫」がない
ヒデ:
そして、まさかの事態です。
ウェイリー訳では、
第38帖「鈴虫」が省略されています。
これは衝撃的です。
ヒナ:
ない?
ヒデ:
どうみても、第37帖『横笛』の次が、第39帖『夕霧』になっています。
……ないです。
ヒナ:
一帖まるごと?
ヒデ:
はい。
ヒナ:
それは……『源氏物語』の全訳とはいえませんよね。
ヒデ:
しかも、現在の読者が『源氏物語』全54帖を英語で読み、その本質に迫りたいという観点からすれば、これは大きな問題です。
僕たちの『源氏物語』ウォッシュバーン英語訳読書会でも、2026年に入ってからですが、「鈴虫」について非常に興味深い議論がなされ、「鈴虫」帖の僕たちなりの存在意義が確認されました。
いずれ『源氏物語』ウォッシュバーン英語訳読書会の記事で、「鈴虫」を詳しく取り上げます。
第37帖「横笛」と第39帖「夕霧」の間に置かれた第38帖「鈴虫」。
『源氏物語』全体の構成を考えながら読むと、この一帖がそこに存在している意味を無視することは、決して、できません。
英語圏でウェイリーを推している人はいない
ヒナ:
さすがに、私も気になって、英語圏でウェイリー訳『源氏物語』を読んでいる人がいるのか調べてみました。
そうしたら、英語圏で、読書として『源氏物語』を読んでいる人で、ウェイリーを推している人はほとんどいないとことがすぐにわかりました。
たとえば、次の文学系Youtuber、
Benjamin McEvoy 氏は、
私たちと同様、ウォッシュバーン訳を推しています。
ヒデ:
Youtube動画拝見しました。
とても分かりやすく聴き取りやすい英語を話す方ですね!
『源氏物語』に興味のある方にとっては、この動画自体が多聴素材になると思います。
イギリス英語でしょうか?
動画に登場する『源氏物語』英語訳を全部読んで、しかも、1時間半『源氏物語』について語っている!?
すごいです。
ぜひ、今度、僕たちの『源氏物語』ウォッシュバーン英語訳読書会に招待して、英語で一日中語り合いたいくらいです。
McEvoy氏の意見は、英語圏の読者の感覚を代表していると言えそうです。
ヒナ:
語ろうと思えば、私やヒデは、丸一日でも『源氏物語』について語ることができますから、1時間半はそれほど長いとは思いません。
しかし、それにしても、McEvoy氏のウェイリー訳に対する評価は適切だと思います。
英語話者でウェイリーを推している人が皆無であることはちょっと調べるなり、Youtubeで「The Tale of Genji」で検索するなりすれば、すぐわかります。
つまり、そうした簡単な調べものすら英語でしない日本人が多いということでしょうか。
ヒデ:
残念ながらそのとおりです。
実際に英文を読んでしまえば、読書として楽しむならウォッシュバーン訳しかないということは自明ですよね。
そんな簡単な情報すら、英語で調べようとしない日本人には届かないのです。
ですから、僕たちが日本語で英語の情報を発信しないといけないのです。
まとめと次回予告
英語圏では読書の対象となっていないウェイリー訳。
歴史的存在価値は疑う余地もありません。
しかし、「鈴虫」がない。
ウォッシュバーン訳は、「鈴虫」をもちろん訳しています。
Chapter 38 Suzumushi: Bell Cricets
紫式部が書いた一帖を、翻訳者の判断で『ここはなし』とすることが果たして許されるのか。
紫式部の『源氏物語』そのものを英語で楽しむことが目的なら、この一点で、すでに、僕はウェイリーを選ぶことができないと考えます。
また、目次を通じて全体構成を見るだけでも、翻訳者の『源氏物語』に対する理解の程度をうかがい知ることができます。
ウェイリーの『源氏物語』に対する理解が不十分であったことは、残念ながら、一見して明らかです。
もちろん、古い時代でやむをえません。
むしろ、ウェイリーの、世界に英語で『源氏物語』を紹介した偉大な功績は、ウェイリーが天才であったことを示すのに余りある功績ですし、その偉業は決して色あせるものではありません。
しかしながら、現代日本の読者が、『源氏物語』の本質に迫るという観点から、読むに値しないことは、目次とってみるだけで明らかなのです。
次回は、引き続き、ヒナさんとの対話を通じ、いよいよ、ウェイリーとウオッシュバーンの具体的な英文を徹底比較します。
ウォッシュバーン英語訳を読むべき理由が明らかとなります。
ご期待ください。
(『源氏物語』ウォッシュバーン英語訳の圧倒的な面白さについてはこちらの読書会の記事もぜひご参照ください。)

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