(AIが生成したイメージ画像を使用しています。)
【この記事では、英語訳『1Q84』Book 2, Chapter 13の内容に言及します。】
英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。
今回から、2025年9月に実施されたスタイリッシュ英語読書会、英語訳『1Q84』第4回の議論を紹介していきます。
前回の記事では、青豆の思い出、印象的な短編小説『Town of Cats』、父との対面を通じて、天吾の内面について検討しました。
(前回の記事はこちら。)

今回検討するのは、青豆視点の、
Book 2, Chapter 13
WITHOUT YOUR LOVE
Chapter 11から続く、青豆とLeaderとの対話です。
青豆は仕事の「標的」としてLeaderに対面しました。
しかし、二人の会話は進めば進むほど、何かがおかしくなっていきます。
(前々回、青豆とLeaderの対面に関する記事はこちら。)

これは、標的との会話なのか。
それとも――。
そしてLeaderの口から、ついに決定的な言葉が語られました。
「天吾」、
「1Q84」。
青豆の内面にとどまっていたはずの概念が外の世界とつながっていき、境界が崩れていく。
青豆の存在が揺らぐ中、Leaderはさらに、その存在の根幹にかかわる問いかけを重ねていきます。
あまりにも難解な問いの数々、これを解きほぐすことは並大抵のことではありません。
もはや正解など導きようがないし、正解を求めるつもりもない。
目指すは、楽しく読み進めることのみ。
というわけで、今回も、
読書は絶対的に自由である。
各自の第一印象を絶対的に尊重する。
圧倒的読解力を誇る読書会メンバーたちの直感を総動員し、少しでも楽しく読み進めることを目指した結果、僕は、ある意見をもつようになりました――。
(Book 1の議論、英語訳『1Q84』読書会のコンセプトや、メンバー紹介についてはこちらの記事を参照。)

What the real world is――「本当の世界」とは何なのか?
ヒデ:
Chapter 13 における、青豆とリーダーの対話の中から、各自が印象に残っている部分を教えてください。
ヒナ:
私は、まず、Chapter 13冒頭、Leaderのこの言葉が気になります。
“What the real world is: that is a very difficult problem,”
「本当の世界とは何か」。
すごく漠然としているけれど、『1Q84』全体を貫く問いにも聞こえます。
ヒデ:
まさにそうですね。
思い返せば、Book 1, Chapter 1。
首都高速道路上のタクシーの中で、運転手は青豆にこう警告していました。
There’s always only one reality.
現実は常に一つしかない。
ところがBook 2に来て、Leaderが、
What the real world is
という問題を投げかける。
最初のタクシードライバーの言葉と、Leaderの言葉。
なんだか呼応しているように思えませんか。
マイ:
しかもLeaderの説明では、1984と1Q84は、単純な「二つの並行世界」じゃないんだよね。
パラレルワールドが二つ並んでいて、青豆が片方からもう片方へ移動した、という説明ではない。
「線路のポイントが切り替わったようなもの」と説明している。
そして、もう元の1984は存在しない。
タク:
それは、かなり怖いですね。
元の世界が存在している前提で、「別世界へ来てしまった」だけなら、まだ、元の世界に帰れるかもしれないという希望は残る。
しかし、「線路そのものが切り替わってしまった」ことで、そもそも、もう元の1984はないというのであれば……。
青豆には、帰るべき世界が、もうない。
『It’s Only a Paper Moon』――愛がなければ世界は偽物なのか
マイ:
そう。
だから青豆はLeaderに尋ねる。
それは客観的な事実なのか。
それとも、あなたの仮説にすぎないのか。
するとLeaderは――。
“Good question. But distinguishing between the two is virtually impossible. Remember how the old song goes, ‘Without your love, it’s a honky-tonk parade’?” He hummed the melody. “Do you know it?”
“ ‘It’s Only Paper Moon.’ “
“That’s it. 1984 and 1Q84 are fundamentally the same in terms of how they work. If you don’t believe in the world, and if there is no love in it, then everything is phony.
なぜか、歌の話を始める。
Leaderが持ち出すのは、1933年の、古いジャズ音楽、
It’s Only a Paper Moon
ヒデ:
あいにく、僕は、ジャズ音楽にも疎いので、この歌についてもまったく知りませんでした。
マイ:
まあ、当然、私も知らないけどね。
ヒデ:
多くの皆様もおそらくこの歌を知らないでしょうから、まずは、Youtubeで、実際に音楽を聴いてみましょう。
ヒデ:
ジャズについては全く分かりませんが、明るい雰囲気の印象的な歌ですね。
Leaderは、この歌を引き合いに出しながら、1984と1Q84について説明します。
愛がなければ、ただのまがい物に過ぎない。
マイ:
逆に言えば、
愛という精神的な要素によって、世界は「本物」になる、
ということ?
ヒナ:
ここまでの『1Q84』の展開に照らして、精神的な要素が世界のあり様と深く結びついていることが示唆されている気がします。
小説を書くことって、人間の精神作用そのものじゃないですか。
『Air Chrysalis』という小説を書くことと、世界の成り立ちが深く結びついているように思えるんです。
ただ、ここでわざわざLeaderが「愛」を引き合いに出してきたことにはどういう意味があるんでしょうか。
タク:
難しい問いですね……。
「何が本当の世界なのか」という問いと、
「愛とは何か」という問いが、
小説という形式を通じてつながってくるということでしょうか?
ヒデ:
……そうかもしれません。
英語訳『1Q84』、とんでもないところまで話を膨らませて来ましたね。
誰が線路のポイントを切り替えたのか?
タク:
僕は、さらに、こちらも気になりました。
1984から1Q84へ。
線路のポイントが切り替えられたのだとすれば――。
誰が切り替えたのでしょうか。
“Who switched the tracks? That is another difficult question. That is another difficult question. The logic of cause and effect has little power here.”
Leaderが、これをもう一つの難しい問題だと言います。
ヒデ:
Leaderは、原因と結果という因果の法則が頼りにならないと説明します。
Little Peopleなのか。
ふかえりなのか。
それとも、もっと別の何かなのか。
わかりませんが、因果法則が通用しないということはいったい何を意味しているのか。
謎が深まるいっぽうであるような気がします。
Leaderの話は、ここからさらに不可思議な領域へ入っていきます。
PerceiverとReceiver――「知覚する者」と「受け取る者」
コウキ:
自分はLeaderがユングを持ち出すところが気になりました。
There is no shadow without light and no light without shadow. Karl Jung said this about ‘the Shadow’ in one of his books:
Leaderは、「光」と「影」の関係について語り、Carl JungのShadowという考え方に言及します。
ユング心理学における「シャドー」は、簡単にいえば、自我が自分自身の一部として認めたくないため、無意識の側へ追いやった人格的側面を指す概念だそうです。
「善良な自分」を意識すればするほど、その裏側には、攻撃性や嫉妬、欲望など、自分が認めたくない側面が「影」として形成されることがある。
重要なのは、
光だけでは存在できない。影だけでも存在できない。
という相補的な関係です。
Leaderは、この発想を自分と娘との関係にも重ねています。
In my case, when I became an ‘agent’ of the so-called Little People, my daughter became something like an agent for those forces opposed to the Little People. In this way, the balance was maintained.”
自分がLittle People側の「agent」となった。
すると、それに対抗する力の側におけるagentの役割を担ったのが娘だった。
そこで、自分が気になったのがagentという単語です。
天吾について使われていたgo-betweenと似ていますよね。
ヒデ:
コウキ君が、以前、天吾の役割として、気になる点として指摘していましたね。
(コウキ君が天吾のgo-betweenという役割に注目していた記事はこちら。)

agentとgo-betweenは、どちらも、
何かと何かを媒介する存在
という感じがしますね。
コウキ:
そうなんです。
そしてLeaderは、さらに重要な言葉を口にします。
My daughter became a Perceiver and I became a Receiver.
Perceiver
そして、
Receiver
です。
マイ:
字義的には、
Perceiverは「知覚する者」。
Receiverは「受け取る者」。
タク:
……似てません?
マイ:
似てる(笑)。
というか、ほとんど類義語みたいに見える。
何をどう知覚して、何をどう受け取るのか。
この二つの概念の違いがわからない。
Dohta――Living Shadow
ヒナ:
私は、さらに次の概念もすごく気になります。
“That is correct. And in order to do so, she had to leave her own dohta behind,” the man said. “That doesn’t mean anything to you, though, does it?”
“ ‘Dohta’?” Aomame asked.
Leaderの娘は、Leaderのもとを去る際に、自分のdohtaを残していったというのです。
青豆も当然聞き返します。
Dohta?
私も同じ気持ちです。
Dohtaって何?
英語のdaughter(娘)という言葉を日本語風に発音したものという感じがしますが、
Leaderはdohtaを、
living shadow
と説明します。
生きている影。
ユングのShadowと関係があるのでしょうか。
わからないものが増えてしまいました。
ヒデ:
Little People、Perceiver、Receiver、dohta……。
この小説、独自用語がどんどん増えていきますね。
青豆は、なぜ1Q84へ来たのか?
そしてLeaderは、青豆自身について語り始めます。
You came with a purpose, led by a form of will, to this world of 1Q84.
青豆が1Q84へ来たことは偶然ではない。
あるwill――意思によって導かれたのだ、と。
青豆は当然尋ねます。
なぜ、自分なのか。
Leaderの答えは驚くほど単純です。
It is very simple, actually. It is because you and Tengo were so powerfully drawn to each other.
青豆と天吾が、互いに強く引き寄せ合っていたから。
ヒナ:
これはいったいどういうことなのでしょうか。
青豆と天吾の関係が、1Q84世界の成り立ちとかかわっているのであるとすれば、これは単なる恋愛の話を超えてきますね。
二人の感情が、
世界そのものを動かしている可能性
が出てくるということなのでしょうか。
マイ:
20年間会ってすらいない二人なのに。
「君は天吾くんの手を強く握った」
ヒナ:
二人は、手を握っただけですよね。
10歳のときに。
たった一度。
そしてLeaderは――。
なんと、そのことまで知っているというのです。
“In that empty classroom, you strongly gripped his hand. When you were ten years old. You had to summon up every bit of your courage to do it.”
Aomame twisted her face out of shape. “How could you possibly know such a thing?”
Leaderは、20年前の出来事について語ります。
誰もいない小学校の教室。
10歳の青豆。
そして天吾。
青豆が勇気を振り絞って、天吾の手を強く握ったこと。
青豆は驚きます。
当然です。
どうしてあなたがそんなことを知っているの?
マイ:
これはいったいどういうこと?
1Q84について知っている。
天吾について知っている。
それだけでも相当おかしいのに――。
青豆自身しか知らないはずの、20年前の記憶まで知っている。
ヒナ:
Leaderには何が見えているんでしょうか。
そしてLeaderは、青豆と天吾について、もう一つ非常に印象的な比喩を使います。
“You and Tengo were, so to speak, carried into this world on the same train,” the man said softly.
二人は、
同じ列車に乗って、この世界へ運ばれてきた。
コウキ:
……列車。
これは気になります。
天吾が父を訪ねる途中で読んだ『Town of Cats』を思い出します。
青豆とLeaderの対話でもまた「列車」が出てくる。
偶然でしょうか。
それとも――。
He discovered his own story――天吾は自らの物語を発見した
ヒデ:
さて、今回、僕がもっとも気になったのはここです。
And now he is writing a new story of his own. In Air Chrysalis … he discovered his own story. A superior Perceiver, Eriko inspired the story as an antibody inside him. Tengo seems to have possessed superior ability as a Receiver. That ability may be what brought you here–in other words, what put you onto that train.
Leaderは天吾について語ります。
天吾は『Air Chrysalis』により描かれた世界の中で、
自分自身の物語を発見した。
He discovered his own story.
ヒナ:
天吾が現在書き進めている小説のことでしょうか。
ヒデ:
オリジナルの『Air Chrysalis』を書いたのはふかえりでした。
それを天吾がリライトした。
ところが、その作業をする中で、天吾はその世界観の中に、
自分自身の物語
を発見した。
さらにLeaderは、ふかえりを優れたPerceiver、天吾を優れたReceiverとして説明する。
マイ:
すると、ふかえりが「知覚したもの」を、天吾が「受け取った」ということ?
ヒデ:
その可能性はあります。
そして、もっと重要なのは――。
天吾はその後、
『Air Chrysalis』とは別の、
新しい物語を書き始めている、
ということです。
天吾が書いている「長い小説」とは
思い出してください。
牛河が天吾の前に現れたとき。
300万円という大金を提示しながら、天吾の負の感情を刺激していました。
牛河が書かせようとしていたのは、
天吾自身が書いている、新しい長編小説。
もしかすると――。
天吾が書いているその小説は、英語訳『1Q84』という作品を理解するうえで、決定的に重要なのではないか。
ヒナ:
どんな小説なのか、ヒデには意見があるのですか?
ヒデ:
――実は、あります。
僕は、英語訳『1Q84』の読書を極限まで楽しみたい。
ここまで僕は、メンバーたちに自由に話してもらっていました。
青豆について。
天吾について。
二つの月について。
Little Peopleについて。
牛河について。
そして、Leaderについて。
タク君。
コウキ君。
ヒナさん。
マイさん。
圧倒的な読解力を持つメンバーたちが、自由に投げ込んでくれた意見を聞きながら、僕自身も考え続けました。
そして。
英語訳『1Q84』の読書を極限まで楽しむため、僕は、ある意見を有するに至りました。
もちろん、それが「正解」だなどと言うつもりはありません。
そもそも僕たちの読書会では、最初から一貫して、
読書は絶対的に自由である。
各自の第一印象を絶対的に尊重する。
という方針で読んでいます。
だから次回お話しするのも、
一読者である僕からの、一つの提案
にすぎません。
しかし、
もし、この読み方をすると――。
これまで読んできた『1Q84』の景色が、
まったく違って見え始めます。
Book 1, Chapter 1。
首都高速道路を走るタクシー。
非常階段を降りる青豆。
そこから始まったすべての物語が姿を変え、さらに壮大な試みとして僕たちの前に、その真の姿を現すような気がしてくるのです。
次回 天吾の長い小説を読む――極論主義者ヒデ、ついに自説を語る
次回、たいへん僭越ではありますが、英語訳『1Q84』読書会を主催する僕ことヒデが、一つの意見を提案します。
天吾が書いている小説とはいったい何なのか。
he discovered his own story
とは、いったい何を意味しているのか。
これまで読んできた英語訳『1Q84』の構造そのものを、根本から問い直してみたいと思います。
英語訳村上春樹『1Q84』12 天吾の書いている長い小説を読む――極論主義者ヒデ、ついに自説を語る
ここから英語訳『1Q84』は、さらに壮大な物語へと姿を変えます。
ご期待ください。
(次回の記事はこちら。)

(スタイリッシュ英語読書会のコンセプトと初期メンバーの紹介はこちらを参照。)

(これまでの英語訳『1Q84』読書会の記事、一冊目の課題図書『Never Let Me Go』に関する記事はこちらをご覧ください。)

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