(AIが生成したイメージ画像を使用しています。)
【この記事には、英語訳『1Q84』Book 3, Chapter 16までのネタバレを含みます。】
英語とフランス語の読書が大好き、ヒデです。
今回から、2025年10月に開催された、スタイリッシュ英語読書会、英語訳『1Q84』第5回の議論を紹介していきます。
いよいよ、物語はBook 3。
Book 1、Book 2では、青豆と天吾の視点が交互に描かれてきました。
青豆、天吾、青豆、天吾……。
ところが、Book 3は冒頭から、その構造に大きな変化が生じます。
青豆と天吾の前に牛河。
あの牛河です。
奇妙な容貌、独特の話し方、どこか胡散臭い雰囲気。
Book 2では、天吾の前に現れる謎めいた男だった牛河が、Book 3では突如、第三の視点に抜擢されたのです。
なぜ、村上春樹はここに来て、牛河の視点を追加したのか。
この構造変化には、どのような意味があるのか。
僕たちは、前回の読書会で、「現実とは何か」という、途方もなく大きな問題に足を踏み入れました。

しかし、いきなり、この大きな問題と牛河の視点との関係をひも解くことなどできるはずもありません。
そこで、まずは、Book 3を純粋に楽しみたいと思います。
何しろ、この牛河という男。
知れば知るほど、面白い。
今回、主に取り上げるのは、Book 3の牛河視点で描かれる、次の6つの章です。
- 1 SOMETHING KICKING AT THE FAR EDGES OF CONSCIOUSNESS
- 4 OCCAM’S RAZOR
- 7 I’M HEADING YOUR WAY
- 10 GATHERING SOLID LEADS
- 13 IS THIS WHAT THEY MEAN BY BACK TO SQUARE ONE?
- 16 A CAPABLE, PATIENT, UNFEELING MACHINE
というわけで、今回も、
読書は絶対的に自由である。
各自の感想を絶対的に尊重する。
この方針のもと、優れた読書家であるメンバーたちの視点を通じて、Book 3で視点としての役割を与えられた牛河の魅力に迫っていきたいと思います。
(英語訳村上春樹『1Q84』読書会のコンセプトとメンバー紹介はこちら。)

フィリップ・マーロウを思わせるハードボイルドな魅力を得た牛河
ヒデ:
さて、Book 3に入って、第三の視点人物として登場した牛河ですが、皆様、どのような印象を持たれましたか?
マイ:
私は、牛河が、すごく魅力的なキャラクターになったと思った。
ヒデ:
おお!それは意外な反応ですね。
牛河という不気味なキャラクターには、嫌悪感を抱く人が多いようにも思うのですが。
Book 2の天吾はそうでしたよね。
マイ:
私はBook 2の時点で、牛河に好意的な印象を持っていたよ。
キャラクターとして、すごく面白いじゃん。
あの、見た目も、話し方も、普通じゃないところ。
小説の登場人物として、すごく、キャラクターが立っていると思っていた。
ウジウジした天吾より、断然好印象。
牛河は、外見上強烈な印象を残しながら、仕事人としてクライアントのために徹底した仕事の進め方をしている感じがする。
悪役として魅力的だと感じていたんだよね。
それがBook 3になって、個性や背景がものすごく深掘りされてきた。
ヒデ:
言われてみると、確かに。
クライアントの側からみると、牛河は、頼もしい存在に見える気がします。
マイさんが具体的に、牛河の魅力として感じた点を教えてください。
牛河、実は人情家?
マイ:
まず、Chapter 1。
牛河がBuzz Cutと青豆の捜索について話し合う場面。
I have no religious beliefs, but Leader helped me personally, so I am doing all I possibly can to locate Miss Aomame.
ここで、牛河がLeaderに対して、個人的な恩義を感じていたことが明らかになるよね。
牛河は、自分には宗教的信仰はないけれど、Leaderには個人的に助けられたことがあると説明している。
これが私には意外だった。
牛河って、もっと冷徹で、金銭的な利益だけで動く人間だと思っていたから。
でも、Leaderへの恩義を感じて、青豆追跡という困難な仕事を引き受けるんだよね。
ヒナ:
確かに、人間味がありますね。
個人的な恩義のために引き受けつつ、冷徹に仕事を遂行する。
青豆と天吾からみたら悪役かもしれないけど、牛河なりの道理があって、自分の哲学・信条をもっている。
ちょっとカッコいいかも。
マイ:
うん。そこが面白い!
牛河を、簡単に悪役とは分類できないところが魅力なんだと思う。
切れ味鋭く有能な牛河
それに、牛河って、ものすごく仕事ができるよね。
Chapter 4で、青豆とthe dowagerの関係に迫っていくところなんて、完全にプロの探偵。
名探偵といっていい。
タク:
確かに!
僕は、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド探偵小説に登場する、
フィリップ・マーロウ
を連想しました。
恩義に基づいて調査を開始する一方、その仕事は、
切れ味鋭く、有能。
情報の断片をつなぎ合わせて、仮説を立てていく能力が高いですよね。
それに、相手が何を考え、何を隠そうとしているのかまで鋭敏に推測している。
マイ:
そう。Chapter 4で牛河はThe dowagerを怪しいとにらむ。
その調査過程で、若い弁護士から情報を入手する際の内心がこれ。
Nobody’s easier to fool, Ushikawa thought, than the person who is convinced that he is right.
牛河の方が若い弁護士よりも数段上手な印象。
タク:
Chapter 4の若い弁護士は、まだまだ、経験が浅くて牛河の相手にはならないという感じですね。
ヒデ:
牛河の洞察力は、なかなか、おそろしいと思います。
Chapter 4のタイトルは、OCCAM’S RAZOR。
「オッカムの剃刀」。
これは、複数の説明が考えられる場合、余計な仮定を増やさずに説明することを重視する考え方です。
余分なものを削ぎ落す。
牛河の鋭さにも、どこか通じるものがあります。
違法な情報さえ入手する、謎のネットワーク
マイ:
さらにChapter 7。
タク君の言う通り、牛河は、とてつもなく有能な名探偵という印象。
しかし、それだけじゃない。
仕事が徹底している。
牛河は、単純に情報を集めるだけじゃない。
時には違法な情報収集手段を用いることも辞さない。
Chapter 7で牛河の情報入手手段が紹介される。
Whenever he needed information that could only be obtained illegally, this was the number he called.
牛河には、普通の方法では手に入らない情報を入手するための、特別な連絡先があるんだよね。
これがまた、スパイ映画みたいでカッコいい。
タク:
合法的な情報収集だけでは、到底たどり着けないところまで調べてしまう。
有能ではありますが、危険な人物でもありますね。
でも、その危うさがハードボイルドなカッコよさにつながっているように思います。
コウキ:
牛河が主人公のスピンオフ小説があっても、面白そうです。
ヒデ:
レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』のような、
友情と謎解き、時には違法ギリギリの行為にまで及ぶスリル。
ハードボイルドな名探偵牛河の物語――。
メチャクチャ面白そうじゃないですか!
タク:
読んでみたい!(笑)
ラスコーリニコフにはソーニャがいた
コウキ:
自分は、Book 3で、牛河に対する印象が大きく変わりました。
もともと、Book 2において、自分は、牛河に対して嫌悪感を抱いていたんです。
ヒデ:
非常に素直な印象だと思います。
普通、Book 2の牛河に対しては、ネガティブな印象を抱きますよね。
それが、どのように変わりましたか?
コウキ:
不気味で、信用できない男に対する嫌悪感が、
Book 3を読むことで、だんだん憐憫の情に変化していったのです。
ヒで:
牛河の過去が詳しく語られるようになりますからね。
コウキ:
特に印象的だったのが、Chapter 10です。
牛河は、自分をドストエフスキー『罪と罰』の主人公、ラスコーリニコフになぞらえています。
ただし、決定的な違いがある。
それがこれです。
I often used to think I was like Raskolnikov, except I never met Sonia.
ソーニャに会わなかった。
ヒデ:
これは……、
「救いがない」ということを非常に端的に示している優れた比喩ですね。
『罪と罰』のラスコーリニコフは、理想と現実の狭間で、深い精神的苦悩に陥ります。
そんな彼に寄り添い、救いの道を開く重要な存在が、ソーニャです。
コウキ:
牛河は、自分にはソーニャがいなかった、と考えている。
つまり、自分の人生を理解し、受け止め、救ってくれる人間がいなかったということですよね。
(ドストエフスキー『罪と罰』英語訳については、僕とコウキ君とで英語訳比較読書会を実施しました。ドストエフスキー初心者にも楽しんでもらえる記事にしていますので、ぜひご参照ください。ソーニャとラスコーリニコフの関係については、いずれ、記事を更新する予定です。)

マイ:
へえ、すごくおしゃれな比喩だね……。
ただ、そう考えると、牛河が、ものすごく孤独な人間に見えてくる。
ヒデ:
そうなんです。
しかも、『罪と罰』を読んでいる人にとっては、この短い一節だけで、牛河の孤独の内実が、具体的に、深く感じられる。
こうした表現がさりげなく盛り込まれるのが、村上春樹の巧みなところだと思います。
牛河の顔は、なぜあんなにもいびつなのか?
ヒナ:
私は、牛河の生い立ちがとても気になりました。
牛河は、意外にも、社会的に恵まれた家庭に生まれているんですよね。
ヒデ:
そうですね。
決して、最初から社会の周縁にいたわけではありません。
ヒナ:
それなのに、彼は幼いころから、外見のために強い疎外感を抱いていた。
牛河の容貌―peas in a pod
Chapter 13では、おじとの容貌の類似が語られます。
Ushikawa and his uncle were such peas in a pod that you would think that Ushikawa was the man reincarnated.
ここで使われる英語表現が面白いんです。
peas in a pod
マイ:
……、豆!
タク:
また豆!?
ヒナ:
この表現は、英語の慣用句ではあります。
like two peas in a pod で、二人が瓜二つであることを意味します。
牛河とおじが非常によく似ていたということです。
ヒデ:
つまり、牛河の独特な容貌には、遺伝的な要素があった可能性が示唆されているのでしょうか。
ヒナ:
そう考えられます。
ただ、実際にどのような遺伝的要因があったのかは、この描写だけではわかりません。
それより私が気になったのは、やはり、あえて、この慣用表現が用いられていることです。
peasという単語には思わず反応してしまいますよね。
ヒデ:
そうですよね。
牛河の顔のいびつさにも、もしかしたら――。
容貌に対する牛河の思い
ヒナ:
私が、さらに気になったのは、
彼自身が、自分の外見をどのように受け止めていたかということです。
同じくChapter 13
He just needed to be normal-looking, or enough so that people wouldn’t turn and stare.
牛河は、ただ普通に見える顔が欲しかった。
人々が振り返って見つめたりしない程度に、普通でありたかった。
それだけだったというんですよね。
マイ:
それは、つらいなあ……。
ただ、普通に扱われたかった。
切実だね。
ヒナ:
そうです。
幼いころから、外見だけで人々の反応が変わるという経験を繰り返していれば、対人関係にも大きな影響があったでしょう。
周囲からどのように扱われてきたかは、その人の自己認識や行動に影響します。
タク:
牛河は、人の表情や心理を読むことに非常に長けていますよね。
もしかすると、それは、幼いころから周囲の反応を敏感に読み取らざるを得なかったこととも関係しているのかもしれません。
ヒデ:
自分に向けられる他人の視線を、誰よりも意識して生きてきた。
たしかに、その経験が、他人の心理を見抜く能力につながっているように思えます。
そう考えると、牛河の独特な顔も、単に不気味さを演出するためだけのものじゃなくなってくるように思います。
牛河という人物の人生そのものを表しているように感じる。
僕たち読者は、Book 2において、牛河の外見や振る舞いから、彼を判断していたのかもしれません。
ところが、Book 3では、彼の内面から世界を見ることになる。
外側から見た牛河と、内側から見た牛河。
ずいぶん違っていました。
牛河の世界にも、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』が響く
ヒナ:
ところで、牛河の章には、もう一つ印象的な場面がありました。
ヒデ:
何でしょうか?
ヒナ:
Chapter 13。
The next piece, the announcer intoned, is Janáček’s Sinfonietta.
牛河がお風呂に入りながら考えを巡らせているときに、ラジオからヤナーチェクの『シンフォニエッタ』が流れてくるんです。
ヒデ:
ここでも『シンフォニエッタ』ですか。
天吾にとって思い入れの深い曲であり、朝、小説執筆時に聴いている音楽。
『1Q84』の冒頭、青豆が首都高速道路のタクシーの中で聴いていた、あの曲ですね。
ヒナ:
そうです。
しかも、今度は牛河の世界に響いている。
私は、これがとても印象的でした。
青豆の物語の始まりを告げた音楽が、牛河の章にも現れる。
何か、物語同士がつながっているような感じがします。
ヒデ:
確かに。
これは、ここでも、やはり、もう一度『シンフォニエッタ』がどういう音楽であったかを実際に聴いて確認しておいた方がよさそうですね。
Youtubeで聴いてみましょう。
これまでいくつかのYoutube動画を通じて『シンフォニエッタ』を聴いてきましたが、同じ曲でも、指揮者やオーケストラでずいぶん雰囲気が違いますね。
ただ、いずれにせよ、お風呂でゆっくり聴く音楽ではない気がしますね。
ヒナ:
『シンフォニエッタ』が牛河の世界でも流れている。
牛河の視点が、青豆と同じ世界であることを示しているようにも感じます。
ヒデ:
そうですね。
あの勇壮な金管楽器のファンファーレが、牛河の入浴中にも響く。
牛河が、今、どの世界にいるのか、
非常に気になります。
弁護士牛河の転落――それでも失われなかった才能
タク:
僕は、Chapter 16で明らかになる、牛河の弁護士時代の話が印象的でした。
ヒデ:
牛河の過去ですね。
タク:
そうです。
牛河は、もともと弁護士だった。
しかも、かなり優秀だったようです。
ただ、彼が関わった仕事には、重大な問題がありました。
Chapter 16から引用します。
In fact, his peculiar appearance was one element that helped them trust and accept him, since neither of them were accepted by the ordinary world.
牛河は、社会から受け入れられにくい立場にある人々の心理を理解していた。
自分自身も、普通の社会から疎外されてきたと感じていたからでしょう。
そして、その独特な外見が、かえって相手の信頼を得る要素になっていた。
ヒデ:
普通なら不利になりそうな外見が、逆に武器になっていたんだね。
タク:
そうなんです。
そこが、牛河という人物の非常に興味深いところです。
ただ、その信頼関係を利用した行為には、詐欺的な性質があったと考えられます。
He avoided criminal punishment―barely―but was expelled from the Tokyo Bar Association.
結果として、牛河は刑事処罰を辛うじて免れたものの、東京弁護士会から除名されることになります。
ヒデ:
弁護士会から除名というのは非常に重い処分です。
牛河は、弁護士として、極めて重大な違法行為にかかわったと推察されますね。
コウキ:
しかし、弁護士資格を失っても、彼の能力そのものが失われたわけではない。
タク:
そのとおりです。
調査能力、交渉能力、人間観察力。
弁護士として培ったものを、別の世界で使っているように見える。
むしろ、より有効に活用しているように見えます。
マイ:
弁護士資格を喪失したというのも、牛河のキャラクターに深みを与えているね。
しかも、そこから超一流の調査員として活躍する過程にはLeaderの恩義があった……。
メチャクチャ、ドラマチックじゃん。
ヒデ:
そうですね。
牛河の能力と孤独。
その背景が、Book 3では非常に鮮やかに描かれていると感じます。
彼がなぜそのような人間になったのかを理解しようとすると、単純に、不気味な悪役として嫌悪するだけでは済まなくなる。
それが、村上春樹の卓越した人物造形の面白さなのでしょう。
牛河の部屋にも響くNHK集金人の声――三つの視点の関係は?
コウキ:
ところで、自分はChapter 16で、もう一つ気になる場面がありました。
ヒデ:
何でしょうか?
コウキ:
牛河は、天吾を監視するため、天吾の住まいの向かいのアパートに一室を借ります。
そこへ潜んでいる牛河のもとに、NHKの集金人が現れるのです。
Book 3に入って、青豆やふかえりのもとに、何度も響いている、
あの不気味なNHK集金人を思わせる、
声。
それが、牛河の部屋にも、響いたのです。
“Mr. Kozu,” the man intoned. “I know you’re in there. I can sense you’re holed up inside, trying to stay perfectly quiet.”
しかも、牛河が部屋の中に潜んでいることを、まるで感知しているかのように話すんです。
自分は、青豆の部屋に現れた集金人と、同一人物である可能性が高いと思っています。
ただ、それ以上に気になるのは、なぜ牛河のところにも現れたのかということです。
ヒデ:
なるほど。
ふかえり、青豆、そして牛河。
立場も目的もまったく違う3人のもとに、同じような集金人が現れる。
確かに、奇妙な現象ですね。
牛河に響くNHK集金人の声。
その意味を探るには、まず、青豆の状況を検討する必要がありそうです。
ただ、今回はここまでにしておきましょう。
まとめ――牛河は、もはや単なる脇役ではない
メンバーたちの指摘を通じて、僕は、牛河が思いのほか魅力的キャラクターであることに気が付き、その物語を楽しむことができました。
そして、参加者全員が、Book 3に入って牛河に対する印象を大きく変えていたのです。
マイさんは、牛河の有能さと独特のキャラクターに魅力を感じていました。
コウキ君は、牛河の孤独な半生に注目し、嫌悪感が憐憫へと変わったと語りました。
タク君は、牛河にレイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウを彷彿とさせるハードボイルドなカッコよさを見出す一方、牛河の弁護士時代の経歴から、その並外れた能力と倫理的な危うさを指摘していました。
ヒナさんは、牛河の容貌と幼少期の経験が人格形成に及ぼした影響に注目していました。
僕自身も、牛河という人物に、思いがけないほど強い共感を覚えるようになりました。
牛河は、単に青豆を追う脇役ではなく、一つの物語を背負った人物になったのです。
村上春樹は、この男に第三の視点を与えました。
それは、青豆と天吾の物語を、別の角度から照らし出すためでしょうか。
それとも、牛河自身の人生を描くことに、さらに大きな意味があるのでしょうか。
今の段階では、結論を急ぐ必要はないと思います。
まずは、この一筋縄ではいかない男の活躍を楽しみましょう。
次回予告 英語訳『1Q84』18 青豆懐胎――性交渉無き妊娠の意味することは
牛河という第三の視点が加わり、ますます複雑になっていくBook 3。
しかし、青豆の身には、それ以上に驚くべき出来事が起きていました。
妊娠したのです。
しかも、性交渉を伴わない妊娠。
そして青豆は、その子が天吾の子供であると信じています。
一体、何が起きているのでしょうか。
青豆の確信には、どのような根拠があるのでしょうか。
二つの月が浮かぶ世界で、新たな生命が宿る。
次回、青豆の性交渉無き懐胎という、Book 3の衝撃的な展開に迫ります。
英語訳『1Q84』18 青豆懐胎――性交渉無き妊娠の意味することは
ご期待ください。
みなさんの意見や感想を、ぜひコメント欄で教えてください。
【難しい英語を勉強するために読むのではなく、物語の続きを知りたくて英語を読む。そんな読書体験こそ、英語多読の醍醐味ではないでしょうか。詳しくは次の記事をご参照ください。】

【英語訳『1Q84』は、Audible版で音としても楽しめます。Audibleの魅力は上の記事をご参照ください。】

(スタイリッシュ英語読書会のコンセプトと初期メンバーの紹介はこちらを参照。)

(これまでの英語訳『1Q84』読書会の記事、一冊目の課題図書『Never Let Me Go』に関する記事はこちらをご覧ください。)

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